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俺のせいではない(ショートショート)②

前回までの物語はこちらです。

↓ 俺のせいではない(ショートショート)①

https://note.com/tukuda/n/nc54afe680490?from=notice




数日後、彼女が亡くなったと人づてに聞いた。

残業中に誤って転び、打ち所が悪くて亡くなったということだった。彼女の死は、単なる本人の不注意で転んだということになっていた。


まさか亡くなるなんて思ってもみなかった。彼女は確か二人のお子さんをもつシングルマザーなはず。上のお嬢さんは社会人になったばかりだと聞いている。今後、どうなるのだろか。

でも、俺には関係ない。俺が退職願を出したときに嬉しそうにしていたのだ。彼女が亡くなったって悲しくもない。あれは事故だったのだ。俺のせいではない。



桜が散り、花火が夜空を彩り、木々が彩りを増した。やがて深々と雪が降り積もりそしてまた春がやってきた。

あれから俺は何とか就職をして食いつないでいた。

俺は幸子さんのことがあれからずっと気になっていた。あのコーヒーカップを片手に嬉しそうに近寄ってくる彼女の姿が夢に出てきた。その顔は一点の曇りもなく、俺に会えたことが心から嬉しいという表情だった。

彼女の悲しそうな顔は夢には出てこなかった。目じりにたくさんの皺を寄せて「良かったね」という彼女の姿しか夢には出てこなかった。俺を羨んでもよさそうなのに夢の中の彼女はいつも優しく微笑んで俺を受け入れてくれていた。

だからそれは良い夢のはずなのに、俺は毎晩のように彼女の夢でうなされた。



ある日、俺は地元では有名な和菓子店から仏前用の和菓子を買い、花を片手に彼女の自宅を訪れた。

そろそろあれから一年になる。彼女の庭はきれいに手入れされていた。庭の桜の木が満開だった。


門の前に立った時、喪服姿の若い男女が近寄ってきた。その姿恰好で幸子さんのお子さんだと推測できた。今日は一周忌法要でそれからちょうど戻ってきたところなのかもしれない。


「おはようございます。どちら様でしょうか?」

やはり彼女のお子さんだった。確か、20代前半の姉と高校生の弟。

俺は名を名乗り仏間に通された。


彼女の家はこじんまりしていたが掃除が行き届いていて、彼女らしいなと感じた。

花をお嬢さんに渡し、仏壇脇に箱菓子を置いた。お水をあげ、お線香を真ん中にさした。カネを3つ叩き、彼女の小さな写真に手を合わせた。線香の白い煙がスーッと上に伸びていた。
毎晩、夢に出てくる彼女の笑顔以上の顔がそこにあった。きっと、彼女の目の先には子どもたちが映っていたのかもしれない。彼女は極上の笑顔で俺を迎えてくれた。

胸の奥がチクリと痛んだ。


俺は今の会社の名刺を差し出した。

「以前の会社で幸子さんと一緒に働いていた渡辺と申します。お母さんの突然の不幸をお悔やみ申し上げます。あの時来られなかったので、一年経ってしまいましたが、今日来た次第です。」

「それはありがとうございます。母もさぞ喜んでいることでしょう。渡辺さんですね?母の日記に出てきていたので存じております。」

えっ!俺のことを日記に?
どんなことを書いたんだ。とっさに胸の中がどよめいた。

お嬢さんは部屋から出て行き、すぐに一冊の大学ノートのページをめくりながら戻って来て、俺に差し出した。

「ここです。ここに渡辺さんのことが書かれています。どうぞ。」

俺はどんなことが書かれているか不安だった。笑顔でなるべく優雅にその大学ノートを受け取る素振りをしたが、内心、心臓がバクバクしていた。




幸子の日記

〇月〇日
今日、渡辺さんが退職したいと社長室へお見えになった。
それを聞かされた時とても驚いた。でも、内心、良かったと思った。


私はこの会社の経理を担当している。そして収支も把握している。毎日資金繰り表を見ているが、△月△日は多額の手形が落ちる日だ。どう考えてもこの日は資金がマイナスになる。

そのことを新社長に進言したのだが、新社長は「大丈夫です。これまでも何とかなってきましたので。」としかおっしゃらない。

前社長は資金繰り表を作成する場合、入金予定は確実に入ってくる分だけを収入金額に入れていた。だから、資金繰り表の残高は、「実際」が「予定」より少なくなることはなかった。

しかし、新社長は「入ってくると見込まれるものは全て入金予定に入れます。それが当日必ず入るように営業の尻を叩くのが僕の役目です」という方針の方だ。つまり、入金が確実ではないものも入金予定にしていらっしゃる。

だから、資金繰り表はいつも黒字にはなっているがそれは確かなものではない。

そしてこれまで、実際にはその通りにならない方が多かった。それはそうだ。いくら営業の尻を叩いたところで、お客様のご都合が合わなければ、入金には繋がらない。

「入るかもしれない」入金額を資金繰り表に入れていて、実際には入ってこないことが何度もあり、資金残高がヒヤリとすることがこれまで何度かあった。


どう考えても△月△日の手形はこのままだったら落ちない。

今持っている手形を割引に出すか、借り入れをするか、売掛になっているものを早急に回収する努力をするなどの手配をすべきだと新社長に進言したが、「大丈夫ですよ。何とかなりますよ。」としか言われない。私の杞憂だとおっしゃる。

経営は「何とかなる」では続かない。資金が潤沢にある時だったらそれは通じるが、どう考えてもその日を乗り越えられないと思う。だから今から手を打ってほしいのだが。


会社の(倒産する)Xデーは△月△日だ。私は会社が倒産しても皆さんの退職手続きを全て終わるまで残ると心の中で決めた。


会社が倒産した場合、未払いの給料は全額は従業員に来ないことは以前の倒産した会社で私は経験済みだ。

だから、渡辺さんが退職の意を表明されたと知った時、残念ではあったがしかし、今だったら給料が未払いにならないから、渡辺さんにとっては良かったと思う。


なるべく気持ちを表さないように努めていたけれど、退職を喜んでいるように見えたかもしれない。渡辺さん、勘違いしてはいないだろうか。

***ここまで**



彼女の几帳面な懐かしい字が並んでいた。
そうだったのか。

確かにあれから数か月後の△月頃に、俺が勤めていた会社は資金ショートを起こし倒産した。まさか自分が勤めていた会社が無くなるとは思ってもみなかったからやはり当時はショックだった。


彼女はそれを予測して社長へ進言していたのか。でもあの体育会系の社長のことだ。「頑張ればなんとかなる!」といつも俺たちの尻を叩いていたが、それにも限度があるよな。


そうだったのか。彼女は資金ショートする日にちを予測していて、それより前に退職すれば俺が損をしないから喜んでいたのか。俺を馬鹿にしていたのではなかったのか。

俺は目頭を押さえながら彼女の日記をお嬢さんにお返しした。


「あの日、22時頃に営業の方が会社に戻られ、倒れている母をみつけ、救急搬送されました。その時はまだ意識があり、救急隊員から理由を聞かれ、コーヒーのおかわりをしようとして足を滑らせたと母は答えたそうです。打ち所が悪かったそうで、発見があと30分早ければ助かる可能性が高かったと後で医師からお聞きしました。

会社ではどうだったか分かりませんが母は家ではとてもお茶目でおっちょこちょいな人でした。ほんと、最期までそうなんだから母らしい終わり方です。」


お嬢さんは半分笑いながら、白いハンカチで目頭を押さえながら話してくれた。隣でうつむき加減で座っている弟さんのひざの上の握りこぶしがギュッとなった。


桜の木の枝が風でバサッ、バサッと窓をこすった。


俺は彼女の写真を再び見上げた。

それは俺の胸を刺す極上の笑顔だった。




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