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変わっていく家族の形

今年社会人になった次男は、先週でようやく研修期間が終わり、今週から配属された場所への勤務が始まった。ずっとリモートでの研修に慣れてしまったので、毎日定時に出勤する生活が始まることに不安もあるらしい。一緒に研修を受けた同期は配属先によってリモートでの勤務も多いようで、それが羨ましいという。若い人達の感覚はそんなものなのか。そんなわけで慌ただしいし、お盆中の土日には友達と出かける予定だから、帰省はできないかなぁ、ということだった。

大学2年生の末っ子もバイトがあるとかで、いわゆるお盆の時期に帰って来たのは長男だけだった。だんだん家族みんなが揃うというのも難しくなってきたようである。さびしいがしかたない。

15日は夫の実家に集まるのが恒例になっている。毎年義母が孫達のために唐揚げや海老フライを朝から作って待っていてくれた。夫の兄弟がそれぞれ連れてくる孫が8人、ずいぶん賑やかなものだった。

今年はちょうどその日が義母の抗がん剤の点滴の日になっていて、お昼過ぎには病院に行かなければならなかったが、その前に孫達に会いたいというので、例年通りお昼に集まることになった。ここ数年は義母も手料理を振る舞うのは無理になってしまった。代わりに夫と兄弟達が買い出しに出掛けて、お寿司やらお惣菜を並べて迎えてくれる。
私と長男はお昼前に着くように後から2人で義母の所へ向かった。助手席に座った息子と、仕事のことや義母の病状のことなど話した。不思議なもので、車に乗って見慣れた景色を眺めながらだと、いつもより自然にあれこれ話すことができた。仕事の人間関係はそれなりに難しいようで、いつも話さないような上司への不満も話す。なんだか心配になってしまうが、かばってくれるような先輩もいるらしく、ご飯をおごってもらった話などを聞いてホッとした。就職して、2年、親の知らないところで、辛い思いも悔しい思いもしているんだな、と思った。
「おばあちゃんの顔も見れたしよかったよ。」夫の実家から家に戻って、少し休んでから長男を駅に送って行った。一人で頑張っている息子に母親ができることは、もうほとんどない。ただいつでも帰りたい時に帰ってきて、他愛もない話でもいいからできるといい、そう思った。



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