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パズルのピースが埋まるとき

【あらすじ】
突如、赤の他人から家の相続を受け、山梨県へ移住することに決めたわたし。
娘のいじめや夫の死、ストーカー問題などわたしを取り巻く現状は、その決断に至るのに十分な理由となった。
桜の祝福を受けて向かった新天地。
築60年の木造二階建てのその家で待っていたものは、あかないスーツケース。一体、その中には何が入っているというのか。

時効を迎えた銀行強盗事件、消えた女子中学生、様々な謎が交錯する物語を進めるのは、読み手であるあなた。あなたの選択次第で結末が変わる、新感覚ミステリー。

もしも宝くじが当たったら。
その時のわたしの感情は、それに近いものだったかもしれない。

物語が動くのは、いつも唐突だ。
その始まりを告げたのは、突如訪れた遺言執行者を名乗る人物だった。

「この家を、相続してもらえませんか」

山梨県にある2階建ての木造建築。

手元に用意された資料によると、築60年といったところか。
縁もゆかりもないその土地と建物を、突然相続しますなんて、そんなことがあるだろうか。

しかも、相続という単語が出てきたものの、遺言書を書いた人物は赤の他人。

親戚でもなければ知り合いでもない。

新手の詐欺の類かとも思ったが、訪れた遺言執行者の名刺に書かれた法律事務所は実在のものであり、遺言書も正式なもののようであった。

「土地も違いますし、住むとなったら決断にお時間が必要でしょう」

そういって、その人物は資料と名刺を置いて立ち去った。

遺言書を書いた人物の名前は八木山隆二。
享年73歳。死因はガンだったらしい。

生まれも育ちも山梨県。
何度思い返してもわたしとの接点は見いだせない。

わたしは仕事の傍ら、ウェブ検索を実施してみた。

『相続␣知らない人』

こんなワードで打ってみた。
すると、意外や意外、レアケースではあるものの、現実的に可能な手段らしい。

正確には相続ではなく、「遺贈」と言われるらしい。

さっき訪れた遺言執行者なる弁護士も話していたが、この建物自体に価値はなく、遺産としての相続額としてはゼロ円に等しく、相続税などはなにもかからないらしい。

ただ、資産価値がないイコール不動産として転売するなどはできるわけもなく。

自分が住むという条件であれば、家賃無し、年に一度の数万円の固定資産税のみでよいというわけだ。

なるほど、悪くないかもしれない。

わたしはシングルマザーで、今年中学に入る娘と、一匹の茶トラ猫の3人で暮らしている。

東京都にアクセスのよい千葉の街。
家賃は1LDKでペット可8万円。
月額の8万円が浮くだけでも、生活はかなり楽になる。

在宅での仕事柄、仕事スペースと娘のスペースを考えると、多少手狭でもあった。

これが、築年数は深いとはいえ、2階建ての1軒家。
間取りは5LDKと申し分なし。
娘の部屋はもちろん、仕事部屋も、猫の部屋だって確保してもあまりある。

間取りと家賃、それだけが誘惑の要因ではない。

「ただいまあ」

資料とにらめっこしていると、娘のひかりが帰宅した。

「図書館すごい混んでたよー」

小学生でいじめにあいだしてから不登校となった娘は、日課のように図書館に通っている。

いじめとは無縁だとばかり思っていた明るい性格が、その状況になっても引きこもりになる道を防いでくれたのだろう。

もしくは、母の前では明るくいようと、努めて頑張っているのかもしれないが。

中学に上がるときも、今の人間関係を変えられる、私立に行くように勧めたのに、かたくなに地元の公立に通うという意思を示したのも、親を思う気持ちがあればこそだろう。

千葉から遠く離れた土地へ、行くことができたなら。
ひかりのいじめを、リセットすることができたなら。

「ひかり、山梨県に移住しようって言ったら、どう思う?」
「なになに、なんの冗談? 山梨県? どうしたの?」

わたしは娘に、家の資料を手渡した。

「この家。住みたいなら住んでいいんだって」
「なにそれ急すぎ、うけるんだけど」

からから笑いながら、資料を受け取るひかり。
ぱらぱらと資料をみて、冗談でないことに気づいたのだろうか。

「え、まじ?」

瞳をまんまるに開いて、まじまじとわたしをみた。

かくして、わたしとひかりと猫のずんだは、遠く山梨県へ移住することに決めた。

相続するにあたっての不動産登記や、なんならひかりの転校手続きも含め、面倒なことはすべて弁護士が取り計らってくれた。

ぎりぎりではあったが、ひかりの入学式が間に合う日取りに、引っ越しの手筈を踏むことができた。

といっても、荷物は最小限。
どうせアパートから一軒家に住み替えるのだから、ほとんどの家具は新調することになる。

思い切って断捨離して、なんとほとんどの荷物は宅急便で送ってしまい、身の回りの荷物だけ持ってわたしの軽自動車での引っ越しとなった。

季節は4月。

千葉よりも山梨のほうが桜の開花も早く、もう現地は見ごろを迎えているらしい。

全く縁遠いと思っていた場所だが、車で走れば2時間と少しで目的地までは着くらしく、ひかりはずんだを膝にのせ、目的地までのドライブを楽しんでいるようだった。

「天気いいねー」

ひかりは、まるで観光地にでも行くようなノリだ。

ずんだも、最初はケージの中で暴れていたが、ひかりの膝に収まってからは、陽の光と流れる風を浴びて、目を細めてリラックスしている。

「ネットで調べたらさ、桜と菜の花のコントラストがやばいらしいよ」

確かに、それはわたしも移住について調べる中で見た写真にあった。

ピンクと黄色の2色しかないような、世界。
住んでいる場所のすぐそばに、その場所はあった気がする。

「家に行く前に、そこ、寄っていこうか」

急ぐ道中でもない。
なにげなくいったわたしの言葉に、ひかりは大喜びで同意した。

桜が有名な公園などもあったが、わたしたちはその、桜と菜の花のコンビネーションを見れる場所に向かった。

家まではもう間もなくだったが、せっかくなら、その風景を拝むくらいいいだろう。

観光果樹園が管理をしている場所らしく、果樹園の駐車場に車を止めて、ずんだにハーネスを装着し、お散歩モードに切り替える。

目的の桜と菜の花がある場所に行くには、果樹園の売店を通り抜ける必要がある。

平日だったせいか客はおらず、お土産を買わずに通り抜けるのには少し気が引けたが、ひかりはずんだにひっぱられるように先陣をきって進んでいった。

売店を抜けると。

「わあ」

ひかりの感嘆の声が漏れ、わたしも同時に目を奪われる。

なんと、美しい世界だろう。

本当に、世界がピンクと黄色の2色に染め上げられていた。
薄ピンクのソメイヨシノは満開で、その下に所狭しと咲く菜の花。
その情景を壊さない、黄色い可愛いポストがまた、いいアクセントになっていた。

「これから、新しい生活がはじまるんだね」

ひかりが、その世界にひとりごとを刻むように、静かに言った。

今まで、どれだけの苦しみを抱えてきただろう。
どれだけの不自由を、強いてきただろう。
わたしは、彼女のその言葉に、胸が締め付けられる感覚を感じた。

「ここにきてよかったね」

ひかりのひとりごとに答えるように、自然とそうわたしの口から言葉がもれた。

自分の家を赤の他人に相続するなんて、どんな酔狂なひとだったのだろう。

家を見ればある程度ひととなりが分かるかとも思ったが、古くはあるが意外と手入れをされていて、いい意味で驚いた。

丘の上に位置するその家は、グリーンの壁に、青い屋根、小さな門を構えた一軒家だった。

写真でみるのと実物は違う、それは覚悟していたが、こんな形で裏切られるとは。

「思ったより、きれいだね。すごいの想像してたんだけど」

ひかりも同意見だったらしく、2階建ての我らの新居を見上げている。
わたしは彼女の横で、いそいそとカバンの中を探りだした。
手のひらサイズの冷たい感触に、確信をもってそれを取り出す。

『佐倉』

石に刻まれた、二つの文字。
一軒家に住むなら、表札にはこだわりたいと思っていた。
とはいっても、値段の都合上、大層なものは選べないが、ひかりの意見も聞きながら、ネットでオーダー注文しておいたのだ。

佐倉の姓の横には、小さく猫の足跡柄。
ちゃんと、ずんだも我が家の一員だ。

小さな門にその表札を掲げると、まったく知らない家のはずが、早くも我が家のように錯覚を起こさせる。

「問題は中だよね」

10年ほど前に水回りのリフォームはされているらしく、いわゆる古民家のような状態とは違うと聞いていた。

わたしはちょうど去年の母の日にひかりからもらった猫のキーホルダーをつけた新居の鍵を取り出した。

いよいよ、新居にご対面だ。

がちゃり。
鍵が開く手ごたえを感じ、玄関のスライドドアをあけ放つ。

と。

「あ、こら、ずんだ!」

ハーネスから解放されて、ひかりの腕の中に納まっていたずんだが、玄関が開くと同時に家の中に走りこんでいった。

あわてて追いかけるひかり。

つられて、わたしも家に入る。

あれもこれも、家に入るときに色々確認しようと思っていたのに、勢いで入ってしまった。

畳の匂いだろうか。
昔遊びに行ったおばあちゃんの家のような、懐かしい匂いがした。

「ずんだ、どこ行ったの」

見失ってしまったずんだの姿を探すひかり。

一階は台所と居間と、それに連なる和室が一つ。
離れに納屋があり、お風呂場などの水回り。

「いないわね。二階かしら」

部屋の探検をしたい思いを抑えつつ、わたしは足早に階段をのぼる。

二階は3部屋、和室が2つと洋室が1つ。
事前に何度見たかわからない間取り図を頭に描きながら、手前の和室にたどり着く。

「あ、いた」

そこに、ずんだの茶色い後ろ姿が見えた。

「ずんだ、おいで」

ひかりがドアの前でしゃがんで声をかけるが、ずんだは何か一生懸命に押入れのあたりを足でかいている。

「どうしたの、そこに入りたいの?」

全くこちらに見向きもしないずんだにしびれを切らし、ひかりはずんだの目の前にある押入れを開いた。

すると。

何もないはずのその押入れに、ひとつのスーツケースが、横たわっていた。

「え、なにこれ」

割と大きいサイズのものだ。
海外旅行などでもっていくような、一週間程度の荷物が入りそうな大きさ。

弁護士からは、家の中の家財は一式整理をしておくと聞いていた。

必要なものは使ってもいいと言われていたが、せっかくの新生活。必要なものは自分で揃えたいと思い、全て処分をお願いしたはず。

ならばこれは、捨て忘れだろうか。
ふと目をやると、この部屋だけ、片づけを忘れ去られたような、妙な生活感のようなものを感じた。

わたしは、何の気なしにそのスーツケースに手を伸ばした。

なんだろう、重い。
ずしりとした手ごたえ。

動かないことはなかったが、結構な重量だった。

とりあえず押入れからひきずり出してみる。

黒い色で、使用感があり、細かい傷が無数についている。
鍵がかかっているようで、ピクリともしなかった。
6桁のダイヤル式の南京錠。
カギの差込口もあることから、番号かカギがあれば、開くことはできそうだ。

なんだ、これは。
わたしとひかりは顔を見合わせた。

さて、スーツケースに入っているものは、次のうちどれだと思う?

「お金」 OR 「死体」

ここから先は、あなたの選択で物語が動き出す。
さあ、上の二つの選択肢から一つを選んで、この物語の続きを動かそう。

【Spetial Tanks】
Chia/千愛さま(エネルギーアートアーティスト)
素敵なサムネ画像をご提供いただきました!
インスタはこちら

<次話以降のリンク>

選択1 https://note.com/tukineko3569/n/naa5113fa6465

選択2 https://note.com/tukineko3569/n/n84ab77bd984a

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