見出し画像

メリットのシャンプー

懐かしい匂いがした。
昔の、洗い立てのかおり。
それは、誰かと一緒に暮らしていたころ。
大好きな、家族と暮らしていたころの話。
慣れたはずの一人暮らしが滲みる。


昔、と言っても私が5歳とか幼稚園生までの話。
私の家のシャンプーはメリットのリンスインシャンプーだった。
私の下には2歳下の弟と、5歳下の妹がいる。キッズが多かったからだろう。
シャンプーは苦手だった。
あの泡がシュワシュワする感じだとか、水に溶けた泡が丸い顔を伝って目に入るから。
でも、あのお風呂上がりのさっぱり感は好きだったように思う。
シャンプーは独特な匂いがする。今では香りを売りにしたシャンプーが多いけれど、ああいうお花みたいな匂いではなくて。そう、でもすぐに「メリットの匂いだ」とわかる匂い。

だんだん、大きくなるにつれて、大人振りたくなった私は、やれいい香りのするシャンプーがいいだの、これは髪がツヤツヤになるらしいだの言って、メリットと離れていった。現に今は違うシャンプーを使っている。

そう、最近まで、忘れていたのだ。メリットのシャンプーのあの香りを。

私が今暮らしているシェアハウスには、たまに旅人がやってくる。その旅人のために、お風呂場にはシャンプーとコンディショナー、ボディーソープが置かれている。

たまたま、詰め替えを買いそびれていたために、自分のシャンプーが空になってしまったので、旅人用に置かれたメリットを拝借することにした。

久しぶりに香る、懐かしい匂い。
洗い立ての、あのさっぱりとした、家族の時間が脳裏に蘇る。

手のひらに出して、私はハハ、と乾いたような笑いをこぼした。

私はまだ子どもだった。

大人には、まだ遠い。

                                               2023.11.9

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?