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もしフラバしても大丈夫って思えた話

精神科通院行ってきましたの報告

24年3月5日、精神科の通院に行ってきました。

前回の通院日から今日にかけておよそ1ヶ月半あったのですが、私は自身の変化をすごく感じています。
本当は行くはずだった3週間前の通院予定日には生活リズムが整わなくて私の住む施設の職員に処方箋だけ貰いに行ってもらう事もありました。
それに加えて、在学する通信制高校のスクーリングのために飛行機で遠出をしていました。
また私自身の変化と言えば、高校卒業が確定して余裕が出来たことで、将来やりたいことや目標を探る糸口を見つけたことが大きいと思います。

さて、今回の通院なのですが、過去の記憶やこれからの不安を先生にお話させて頂きました。
私の過去、と言うと主に虐待を受けた事についてです。私が虐待されていたことがあるのは初診の時に話していました。
そしてその記憶を長々とスマホのメモに綴って読んでもらいました。

主治医に見てもらったスマホメモに書いたこと

それがこちら↓にあるのですが、
様々な方のフラッシュバックの引き金になりうると私は考えます。なので、精神的に健康な方以外は閲覧に関して自己責任でお願いします。
読まなくてもくじから飛ばして読んで頂いても大丈夫です。


私は、高校1年生、今から2年ちょっと前、声優を志して声優専門学校(サポート校)に行っていた。同じようにボイトレにも通っていて、一生懸命だった。
家には双極性障害の母がいてたまに私に暴力を振るっていた。母は仕事も全くしておらず、生活保護で生活リズムが完全に狂っていた。
母の生活に対応している内に私の生活リズムも夜型になって、学校に通えなくなった。
母が、私に、言った。「声優専門学校やめるのか。」と週に一回、同級生の母を混じえて、3時間。圧が凄かった。
心の中で私は(あなたがそれを言うんですか?)とボヤいて、でも言えない。母の機嫌が悪くなるから。と、思い直して絶句した。
定期的に繰り返されて喉が枯れた。
何もしてないのに喉が枯れた時のように声が出なくなった。
時間だけが過ぎていった。私の声も気持ちも置き去りにして。
何周目かの時私は、こんな家いらない。
そう思った。
発言したかは覚えていない。

そもそも私の家はおかしい
殴る、蹴る、は日常的だった。最初は母親が面白がって私を平手打ちするところから始まって高2の頃には身体中痣だらけになるほど殴られたし蹴られた。
私が幼い頃から知らない男(母親の彼氏)が長期間のスパンで入れ替わり立ち代り私の家に住み着いていた。
その男の人たちが私を快く思っていたのか邪険に思っていたのかどうかは分からないけど、私としては赤の他人、しかも異性が日常の中に潜り込んでくるのが気持ち悪かった。

そもそも声優専門学校に進学したこと自体が私自身のおかしかった証明になる
だから通ってたことが恥ずかしくて人に言えない。
その事について私は自分を残念に思う

過去のことを思い出せなさすぎるんじゃないかと、少し思う時がある。
過去の記憶がある、と言うより過去の情報がある。に近い感覚で自分の過去を考えてる。
私は過去を思い出せないけど自分のことを知りたいから以前どんな状態だったのか探りたい。
・小学校高学年の時も寝てる時と寝てる時の間の記憶が飛んだことがある。不思議な気持ちになった
・明晰夢の見方をYouTubeで調べて試して見たことがある。体感は覚えてないけど実際に5分寝た。夢の中で不慣れなりに少し宙に浮けた。だけどすぐにコントロール出来なくなって墜落した。それで起きたら5分たってた。楽しかったと思う。
ストレスで以前から何かしらの精神疾患を抱えていたんじゃないかと私は考える。
私の病名が本当は何なのかどうか確信がないし分からない。

フラッシュバックもしくは妄想について
中3の時にお母さんのママ友の家にものを届けに行くよう頼まれた。その時私は不登校で適応指導教室と塾を行き来する生活をしてた。その家は疎遠になっていた同級生女子と後輩である女子の家ですごく気まずくて手が震えた。たしか髪を肩までのショートカットにしていた時だから春ぐらいの時だと思う。ほぼ夜の夕方くらいに行くように頼まれて行った。ちょっと前に母に思い切り殴られて痣ができた。その痣がまだ目尻に残っていてそれを隠すために中1の時から使っていたべっ甲柄の眼鏡をかけて行った。久しぶりに会った友達とたわいもない話をした。その後友達に痣に気づかれたと思う。心配されたと思う。その後私はスマホを機種変してLINEの引き継ぎをしなかったから連絡を閉ざしたことになる。

今知りたいことについて
高1の秋冬か高2の春に痣ができるほど殴られ、蹴られた。痣ができたのは横っ面と肩と腰。そこだけじゃないかもしれないけど、そこはスマホで写真に収めたから印象に残っていて覚えてる。ここから問題になるのが、
・その写真を誰に見せたのか
もしかしたら児相職員に見せた可能性もある
もしかしたら母親に見せた可能性もあること
・写真はもう多分消えていること
母が写真を消した可能性があること
その写真をいつ消したかが重要なのに覚えていないこと
・まだ写真が残ってるかもしれない可能性を考えるとスマホの所在が気になること

不安になりすぎなんじゃないかと思う。
成人した私はこの先虐待を受けることがないことを知ってるけど虐待がとても怖い。
フラッシュバックが今後起きるんじゃないかと怖い

先生に見てもらったメモ

これだけでも、情報量多いですよね💦
お辛くさせてしまった方はすみません。

先生が言ってくれたこと
言われて思ったこと

先生は「辛かったよね、今まで頑張ったね」と言ってくれました。
虐待から逃れるために、
警察に行って、
児童相談所に行って、
一時保護所に行って、
何度も何度も言われたその言葉をその時、
目の前にいた私に言ってくれたことで
記憶が途切れ途切れになっていた私は
(過去と現在が繋がっているんだな、みんなが繋げてくれてるんだな)って実感できました。

本当に感謝しかないです。
ただ、涙は出ませんでした。

それもこれも、
思い出してメモにまで綴ったのは、通院前夜にフラッシュバックのようなものがあったからです。フラッシュバックと自覚したのは先生に言われてからで、それまでは何が何だかさっぱりわかんなかったです。

でも、今の私にはそばに居てくれる施設職員がいて、家族の事に関しても児相職員が助けてくれて、私を受け入れてくれるお医者さんがいるから、もしフラバしても大丈夫だと思えました。

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