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【つながる旅行記#184】大阪に来たので天保山に登頂&解説する【登山?】

前回は大阪市立科学館シェラックについて学んだ。

まだまだ生物でなければ作り出せない物質があることに衝撃を受けたが、本当に世の中にはまだまだ知らないことばかり。


さて、知識を得ることはできたので運動もしよう。

大阪には有名な山があるのだ。
その名も天保山

天保という元号があった気がするが、その名を関する山といったらかなりのものだろう。

では、天保山に向けて出発!!

そして登頂!


登山終了!!


そう、天保山は日本一低い山として有名なのだ。

まあ「実際に日本一低いのか」という部分を掘り始めると面倒臭さがすごいことになるので、そういうのは抜きで今回は天保山の歴史を語るとしよう。


天保2年(1831年)から2年間に渡って「天保の大川浚」と呼ばれる大規模浚渫(しゅんせつ)工事が行われた。

洪水対策や、船の出入りを良くするための浚渫工事だったが、そこで出た大量の土砂を積み上げたら20mくらいの山が完成。

入港時の目印としていい感じだったこの山は目印山と呼ばれていたが、のちに山ができたときの年号である天保を用いて、天保山と呼ばれるようになった。

天保山 (浪花百景) 1800年代。南粋亭芳雪/画
葛飾北斎の描いた天保山(盛り過ぎ疑惑)


なんと天保山は浚渫工事で出た土砂を積み上げて出来た山だったのだ。

20mあったと書いてあるが、しかしそれでは今とかなり標高が違う。

一体何があったのだろうか?


1854年、ロシア帝国の軍艦ディアナ号が大阪沖に姿を見せた。

艦長のエフィム・プチャーチンは高圧的に条約締結を迫ったため、各藩に向けて警護を固めると同時に、河口への砲台設置を急ぐよう通達がされた。

天保山は西洋式の城塞として山土の削り取りが行われ、明治時代には7.2mになったのである。(なお実戦には一度も使用されず)

天保山は対外国船用の城塞として改修された歴史がある。

なんだか函館山を思い出す流れだ。
函館山もまた、かなり大規模に山を削って要塞化したものの、実戦に使われることはなかった。(#40にちょっとだけ登場

そして城塞化によって20mあった天保山の標高は7.2mに。


……それでも今よりちょっと高いな。

まだなにかあるのか?


高度経済成長後、地下水の汲み上げで天保山周辺が盛大に地盤沈下した
1971年には7.1mだったが、1977年には4.7mにまで標高が低下し、
1993年の計測では4.53mになったのである。

まさかの最終的には地盤沈下が原因だったらしい。

しかも地震とかじゃなく地下水の汲み上げだったとは。


高度経済成長期の日本では工場が大量の水を必要としたが、水は無限にあるわけではない。

工業用水の整備もされていない時代ゆえに、工場は地下水を大量に汲み上げることで水を確保したのだ。(当時は規制する法律もなかった)


なんだかこうやって調べてみると、「日本一低い山」という情報だけで終わっていた天保山がなんだかより近くて深い存在になったような気がする。

人間の手によって生まれ、改造され、沈下して……こんな人工の山にも色々と歴史があったのだ。

これは調べてよかった。

めっちゃ三菱

ちなみにこの天保山は公園内にある。

しかしなんというか……

「ポケモンGO」してる人が9割……!!


そう、この旅行記は2017年2月のものだが、
2016年7月に配信開始されたポケモンGOは空前の大ヒット。

ポケモンを求めて大量の人々が街のスポットに集まっていたのである。

天保山は有名な水族館である海遊館にも近く、このあたりはスポットだらけのすごい場所だったのだろう。(自分はポケモンGOをやってないのでよく知らないけど)

キリン

そんなわけで、もちろん海遊館には寄っていく。

動物園に行きまくりで偏っているので、水族館も行かないとだ。


そんな感じで次回へ続く……!!


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