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『スーツ=軍服!?』(改訂版)第50回

『スーツ=軍服!?』(改訂版)連載50回 辻元よしふみ、辻元玲子

※この連載も50回を迎えました。ご愛読ありがとうございます。

冬のコットンと言えば「モグラの皮」か、コール天か

オシャレな人は生地の素材で季節感を出すのがうまい。
夏物でも大いに活躍するコットン(綿)は、薄手のままではいかにも寒々しい。秋冬向けには分厚くて目の細かい、ヘビーなものを使いたい。そんな秋冬コットン素材の代表格が「モールスキン」。直訳すると「モグラの皮」だ。本来モグラであったものの代用品、ということではなく、素材感からきた命名のようである。防風性に優れたモールスキンは特に一九六〇~八〇年代の西ドイツ連邦軍の野戦服に用いられ、オリーブドラブ色のモールスキンが同軍服の代名詞になっていたこともある。そんな野性味を生かしたジャケットなどのアウターにはうってつけだろう。
また、特に上級のコットン素材はアメリカ産のピマ・コットンの中でも「スーペリアル(高級)」とされるもので、略して「スーピマ・コットン」と呼ばれる。最近、流行しているカラーパンツの素材として発色がすばらしく、各ブランドでも大いに取り入れている。
それから綿素材で忘れてならないのが、細かい縦の畝が入った「コーデュロイ」だ。畝の立体感とパイル織の素材感が魅力。日本ではコール天ともいうが、これはコード(畝)のあるビロード(天鵞絨=てんがじゅう)の意味だ。
十四世紀にはすでにその名が登場していた伝統ある生地で、長年、この名前の由来は不明とされてきたが、どうも丸太を束ねていたヒモ(コード)にかかわりがあるようで、丸太を並べた丸太道と似ている、というのが一つの語源になった模様。従来は茶色などの地味なものしかなく、野暮ったいイメージが強かった。しかし、これも近年のファッションのカラフル化の流れから、ジャケット、パンツ、それにスーツやスリーピースをコーデュロイでそろえる、ちょっと武骨な着こなしも流行してきた。ウールのスーツとは違うウォームな味が魅力である。

 ◆アムンゼン探検隊から広まったアノラックとパーカ

 二十世紀に入って一九二四年、仏シャモニーで第一回冬季五輪が開催された。この頃に急速に普及したのが、北極圏のイヌイットの人たちの防寒着を基にしたアノラックだ。
 極地探検家ロアール・アムンゼンが、南極踏破のときに着たのが、彼がイヌイットに製作法をならったという元祖アノラックである。アムンゼンと南極点到達一番乗りを争った英国のファルコン・スコット海軍大佐は、牛革製のコートを着込んでいたが、結局、凍死してしまった。それで、このアムンゼンの快挙から、イヌイットの被服というものが世界的に注目されはじめた、ということになる。大きなフードを付けたスタイルも大人気を呼んで急速に普及した。というのも、二十世紀前半だと、フード付き、というのがそもそも珍しかったのだ。少し遅れてダッフル・コートがヒットしたのも同様な理由だと思われる。欧州では中世の人たちはフードを非常に愛用していたが、十六世紀ぐらいで急速に廃れた。大きな襟飾りやカツラが流行する時代になっていったので、フードは邪魔になったのだろう。よって、数百年ぶりにフードが極地用の服とか、北海の漁師の労働服とかいう名目で欧州の紳士の頭に戻ってきたわけである。
しかし近年の日本では、アノラックというのは本格的な防寒用で、タウン用のものはパーカという名前の方が、通りがいい。前者はイヌイット語、後者はロシア北部の少数言語から英語に入った名前だが、一九五一年に米軍が採用して有名になったM51パーカあたりから、パーカという言葉が広まったようだ。同じ年に採用されたM51フィールド・ジャケット(野戦服)と、このM51パーカは別物なので、注意を要する。
なお、これまでも、日本で言うセーターとかジャンパーとか言う用語が、欧米では意味が異なる、というような話題を取り上げたが、実はこれもそういう感じの話で、日本では本格的な防寒用のものがアノラックで、タウン用のものはパーカ、と呼ぶ感じがあるが、本来は「アノラック=パーカ」である。研究社「新英和大辞典」には「パーカ:エスキモーが着用するフードの付いた膝ないし太もも丈の毛皮製ジャケットまたはプルオーバー。またこれを基に作られた防水・防風性生地で作られたフード付きジャケット。アノラックanorakともいう」とある。そして、アノラックという語を調べると、「parkaを見よ」という指示がある。つまり英語圏の人たちには両者はそもそも同じものなのだ。
ちなみに、イヌイットの人たちは極地に広く分布しており、ロシアにいる人たちもアラスカにいる人たち、グリーンランドにいる人たちも基本的には同族で、単に、後になって先進国が自分たちの領土に組み入れたものだ。彼らの言葉では、そもそもアノラックとは革衣の意味、パーカというのはアザラシなどの革、の意味だという。特にパーカの語はアメリカ人が好んで広めたようだ。


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