【2000字のホラー】零エン強盗
私の名前はジェイクだ。この街に越してきて、早いこと五年目になる。
この街は住みやすい。心温かい人も多く、街の特産物もあれば、地元の料理も美味い。これほど、私に合った街は無いと思う。
犯罪が起きたと言う話も聞いたことが無い。最近知り合った、カウンターバーの店主、ボブさんによると、五年ほど前に、一人だけ、何度か奇妙は強盗を繰り返した、リックという男がいたそうだが、既に足を洗っていると言う。
今日も今日とて、私は職場である役所へ向かう。
だが、この日の私は、いつもはしない“ミス”を犯してしまった。
寝坊。
「はぁ、やばい、このままじゃ間に合わない!」
私の家と役所の距離は、然程ない。しかし、道が少々入り組んでいて、遠回りしなければならない。本来は20分ほどで着くのだが、到着時間の15分前に起床した。
……勿論のことまずい。
これから役所まで5分で着かなければならない。
しかも朝支度諸々込みでだ。
本気を出し、なんとか2分で朝支度を終わらせた。
だが、朝ごはんは食べてないし、寝癖はまんま。
しかし、だとしてもあと3分……。
無理も承知で、私は家から飛び出た。
子供の明るい笑顔と声が多く飛び交う噴水広場へやって来た。普段なら、近所の子供と談笑しながらでも間に合うのだが。
「あ!ジェイクにいちゃん!遅刻?」
「悪いけど、今日はかまってやる暇が無いんだ!」
「ふ〜ん、近道すれば良いのに。」
私の駆け足は、その少年の一言で急ブレーキをかけた。
「ち、近道?近道があるのか!」
「うん、ジェイクにいちゃん、来てまだ五年だから知らないのか。ほら、あそこの路地。昼間でもちょっと暗いけど、あそこ通ってったら、役所まで直通だよ。」
そう、私の家から役所までは、ぐるりと遠回りをしなければならない。そりゃ私だって近道をしたいと考えたことはある。だが、実際見つけるのを怠っていた。
「そ、そうか、そこを通ればいいんだな?」
「うん。じゃあね!」
「ああ、ありがとう!」
私は、吹っ切れた鮮やかな顔色で、その路地へと向かった。確かに暗い。日の当たりずらいところだ。仕方がないだろう。
段々と、前方から光が差し込んできた。もうそろそろか。
と、思った矢先。ふと、カウンターバーの店主、
ボブさんが放った言葉を思い出した。
「……リック。」
リック。それは、奇妙な強盗を繰り返していた、この街にかつていた唯一の犯罪者。
「ま、まさか、出逢うわけ……。」
だがしかし、言霊というのは、怖いものだ。
「おい、動くな。」
「……え?」
気付くと、ナイフの鋒が微かに届いてくる日の光を首元に反射させてくる。
「強盗だ。大人しくすれば、悪いようにはしない。」
「ひっ、ひぃ。い、幾ら払えば……。」
強盗犯は、しばらく私を鋭い眼光で睨んだ後、何か驚いたような顔をして、
「……0円でいい……。」
「え?」
私が呆気に取られるのも束の間、強盗犯は、元来た道へ戻っていく。
「はぁ、はぁ、一体なんなんだ、悪戯?それとも…。」
あまりの一瞬の出来事に戸惑いながら、私は役所へ向かった。
結局、遅刻した。まぁ1分だけだが、上司は「君が遅刻とは珍しい、気をつけろよ」だと。
本当なら、ギリ間に合ってたのに。あの強盗は何なんだろう。私は、仕事終わり、警察署へ向かった。
交番
「なるほど、所謂0円強盗ですか、珍妙な輩がいたものですね。」
「はい。そうなんです。」
警察署の応接椅子で、偶然ボブさんに逢った。なんでも、食い逃げに遭ったらしい。そしてそのまま、
私が遭遇した、謎の強盗についても聞いてもらった。
「別に私、体つきが良いわけでも無いですし、強面でも無いし。なんで逃げたんだろう……。」
すると、奥の方から、一人の刑事さんが私の名前を呼んだ。
「ジェイクさーん!こちらへどうぞ!」
「あ、はい。」
一人の若き刑事に案内され、私はある部屋に入った。
「どうもジェイクさん、私、警部のアランと申します。どうぞ、お座りください。」
私が腰掛けたと同時に、アラン警部は手を組んだ。
「実はですね、貴方が遭遇した強盗、寿命強盗かもしれません。」
「寿命強盗?」
「はい、かつて、リックという男がいました。その男は強盗の常習犯だったのですが、盗む金額が少ないんです。ある日、何とか尾を掴んだのですが、その時、“自分は相手の残りの命から差し引いている”と言ったのです。つまり、残りの寿命−盗まれた金額(年)が、被害者の残りの寿命となる訳です。」
「はぁ、でもそんなの嘘なんじゃ。」
「私もそう思いました。しかし、とある被害者の男性が、5円盗まれまして、リックは“彼は元々あと6年だった”と言ったんです。そしたら、その男性は本当に翌年、事故で亡くなったんです。」
「なんと……。」
「それで、私も もしかしたら と思ったんです。
それで、幾ら取られてしまったんですか?」
リックは、残りの寿命から年を差し引く。
でも、彼は私から1円も盗らなかった。
いや、盗れなかったのかもしれない……。
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《後書き》
あ、これは2000字に含みません。
ちょっと、タイトルについて解説を。
『零エン強盗』普通は、『ぜろえんごうとう』と読むかと思います。『零円強盗』ですね。ですが、音読みしてみると、『れいえんごうとう』……『霊園強盗』になります。リックはもしかしたら、霊園からの使者だったのかも……?
主人公は、リックから一年も引かれませんでしたね。リックは怖気付いたのでしょうか?いえ、逆です。
一年も引けなかったのかも……。リックの謎の力が本当ならば、主人公の残りの寿命は……。
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