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研究者の「おもしろい!」が繋げてきた昆虫研究

今回は生物生産学科の天竺桂弘子(たぶのき ひろこ)先生にインタビューしました!
ぜひ最後までご覧ください。

今回インタビューした天竺桂先生。
写真左に映っているのは先生の大学院での研究テーマとなった、黄色い繭です。

<プロフィール>
お名前:天竺桂弘子先生
所属学科:農学部 生物生産学科
研究室:動物生化学(昆虫系)研究室


始まりは飼育から!長い時間をかけて取り組む昆虫研究


―早速ですが、研究室で行われている研究について、お聞きしてもいいですか?

では実際に見てみますか?これは、キンウワバトビコバチといって、蛾の卵に寄生する寄生蜂(きせいほう)なんです。

キンウワバトビコバチ成虫(黒い点のようなもの)

―この画面に映っているのもそうですか?

キンウワバトビコバチ兵隊幼虫を顕微鏡で見たときの姿 (画面上側)

はい。これが顕微鏡下で見たときの姿ですね。大きく見えるじゃないですか?実は、このぶどうのように繋がった胚の1つのサイズって50ミクロン(0.05 mm)程度なんですよ。ものすごいちっちゃいから!実際の試料をのぞいてもらうと、わかると思うのですけど。
 
―確かに!肉眼では見えないです!
 
この幼虫は頭のところにセンサーを持っていて、寄主(ホスト)(注1)の体内にいる周りの生物が仲間なのかどうかを見分け、殺しにいきます。「敵」と識別したら、幼虫は敵に噛みついて食いちぎることで応答します。「兵隊幼虫」と呼ばれる、戦い専門の幼虫です。
 
この研究は、ヒトの医療に役立てられるかもしれないんです。がんになった時、今はがんになりそうな細胞の小さな変化を追うことが難しいんですね。だけど、この寄生蜂のしくみを使えば、小さな変化でも見つけることができるかもしれない――そうすると、がんの超早期発見に繋がるので、そうしたら多分手術だってしなくていいですよね。そういうところを狙って今この兵隊幼虫(キンウワバトビコバチ)を研究しています。
 
それに、この寄生蜂には、まだおもしろいことがあります。例えば、私達の体内にウイルスとかが侵入してきたら、免疫系が攻撃しますよね。寄生蜂は、それをさせない仕組みを持っているんです。寄主の免疫系を上手に騙して侵入していることになります。
この「騙すしくみ」も、自己免疫疾患や妊娠に対する免疫反応のような、人間の免疫系のしくみを解明する研究に使えるようになります。

―この研究は何年ほど続けられているのですか?
 
多分、飼うところから始めると、私の前任者の先生も含めて30年ぐらいじゃないですかね。昆虫を利用した医薬品の研究でうまくいっているものも、やっぱり飼育から研究を始めるので、10数年かかっているお仕事が多いです。
 
飼うのもそうなんですけど、注射をしないといけなかったりとても細かい作業が必要となるんです。研究室で今飼育している昆虫を見ていきますか?

トビナナフシ(矢印の箇所)
コクヌストモドキ
コクヌストモドキを飼育している様子

これは、コクヌストモドキですね。小さい虫でしょう?この昆虫の解剖を行ったり、注射を打ったりしているんですよ。

ここにあるアマミナナフシからは、認知症やがんの進行を抑える作用がある化合物が取れているんです。
植物を食べる昆虫って、食べる植物の種類が大方決まっているんですね。その植物の成分自体には、そのままでは薬に利用できるような抗がん活性とかがありません。ところが、昆虫の体内で代謝されたりすると、その成分の活性自体が変わるんです。ある葉っぱは普段であれば何にも効かないけど、アゲハチョウが食べると、大腸がんの細胞だけに作用するような成分に変わったりするんですよ。

「積み重ね」で得られる研究成果


―どうやって研究の題材となる昆虫を選ばれているのですか?
 
例えば、寄生蜂キンウワバトビコバチの研究。最初は、がんの検査や免疫系を騙すしくみの解明を目的として選ばれたのではないんです。「ホストの蛾が農業害虫だから困ったよね」というので特徴を調べようと研究していたら、ある日寄生蜂が出てきて、その蜂が面白いと思った人が蜂を飼育していったら面白いしくみも見つかって……分子生物学の研究に繋がっていったのです。
 
偶然にいろいろなことがわかってきて、技術の進歩とともに、今になって加速度的に研究が進んでいるんです。多分途中で研究を止めていたら、こうはなっていないですよね。
 
昆虫の研究というのは、いろいろな人の興味によって始められていて、その時に観察された現象が「面白い」と思ってくれた人がずっと続けてきてくれた。今までの研究の積み重ねがあったから、大きな成果に繋がっているのだと思うんです。

自分が面白いと思うことを掘り進める!


―今目指していることや目標はありますか?
 
私は、いろいろな人に出会いましたし、いろいろな人に助けてもらいました。夢や目標とかって、すごい研究者だと「研究を極めたい」とかって言いますけど、私は「何か面白いことがわかればいいや!」と思っています。他の人の評価を気にして、自分が本当に面白いと思っていることをやらない方がもったいないですし、それだったら自分が面白いと思うようなことをやって後悔した方がよくないですか?
 
皆さんも、これから研究室を決めたりすると思います。そこで、私は自分の好きなことをやればいいんじゃないかと思うんです。私は大学院でカイコの研究に取り組みましたが、あんな大変な作業、学生時代じゃないとできなかったと思います。

天竺桂先生の論文と黄色い繭
(府中キャンパス本館2階にある科学博物館分館に展示)

カイコって、ここにあるような黄色い繭を作る種類もあるんです。かなり前に農工大にいた先生が、その原因遺伝子を見つけていて。私は、その原因遺伝子の実体にあたるタンパク質を見つけて、黄色い繭になる要因を明らかにしました。めちゃくちゃ時間がかかりましたし、実験にはすごく寒い「低温実験室」という部屋に入らないと駄目だったので、大変でした。
この仕事もたくさんの人が関わって、たまたま私のときに実体が決められたってだけなので、やっぱりこれもさっき言った、研究の積み重ねなんです。
 
意外とですね、昆虫の研究って皆趣味なんですよ。皆、好きだからやっていて。「知りたい、知りたい」ってずっといろいろな人が繋いできたから、だんだん現象がわかってきたっていうだけなんです。研究室の学生も、昆虫が好きな人がたくさんいますよ。
 
うちだと、学生さんの研究で、テーマとして「こういうことをやろう」とかは言います。ですが、研究を実際にやる(掘っていく)のは学生さんなんです。掘り方がみんな違うから、その過程でいろいろな研究成果が出てきました。今までで「この結果はこの学生さんじゃないとできなかったよね」というものが実はたくさんありました。
 
同じテーマをやったとしても、本当にその人しかできないから、それが今大きな成果に繋がっています。本当に学生さんのおかげだと思っていますね。だから、皆さんも個性を活かして、自分の好きなことをやってほしいです。
 
-昆虫への果てしない興味と、どんな小さなことも見逃さない観察の歴史が、今の研究につながっていることをお話を聞いて実感しました。ありがとうございました!

注釈

(注1)寄生虫が寄生する対象となる生物。

文章:TM
インタビュー日時:2024 年1 月16 日
インタビュアー:TM

※インタビューは感染症に配慮して行っております。


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