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富士を見に行く15

 それで六年生に上がるとき、担任の女の先生が降りて、新しく怖い男の先生が担任になった。何でもスポーツができて冗談好きで、でも規律には厳しくて、雷みたいなドラ声で怒ると、みんな震え上がりました。一ヶ月でクラスの空気は良くなりました。自分勝手で、掃除も給食当番もしなかったクラスが、何事もきちんと出来るようになりました。春にあった運動会もみんなで楽しく頑張れました。でも、一つだけ、授業だけは、やっぱりうまくいかなかった。図工とか体育とか音楽とか、そういうのはいいんです。駄目なのは、国語や算数とかの受験教科。これがぜんぜん駄目でした。授業は静かです。落ち着いてもいます。
 でも空気がどんよりしてました。出来る子は半分寝たような顔してて。授業って、先生だけがしゃかりきになったって成り立たないんですよね。例えば、算数に興味ある子が必死に問題解いてる姿見たり、頑張ってる子がどうしても解けない問題にうなったり、こんなの簡単って言ってる子が間違ったり、そんな空気に触発されて、あんまり算数が好きでない子が、雰囲気に乗せられるっていうか、問題に取り組むわけでしょう。先生が解説して、問題解かせて、できる子はつまらなそうに問題解いてても合っていて、できない子はモチベーション低いままで問題に取り組んでやっぱりできなくて、そんな状態で授業が回って、楽しいわけないですよね。
 で、先生があるとき、社会の時間に、とうとう爆発しちゃって。特に受験組の授業の取り組み方がなってないって。授業を受ける気ないって。どうなってんだって。君らにとって塾の勉強も勿論大切だろうけど、学校の勉強を疎かにしちゃあ駄目だって。
 みんな黙ってました。でもお説教があんまり続いたからでしょうか、受験組の男の子が一人立ち上がりました。みんないっせいに彼を見ました。
「1867大政奉還。1871廃藩置県。1872学制発布。1889大日本帝国憲法発布。1894日清戦争。1895下関条約三国干渉。1902日英同盟」
 明治時代の歴史の年号をしゃべり出したんです。まだ習ってないところまで。なんのつもりだって先生。でも、彼はお構いなしに続けました。
「1904日露戦争。1910韓国併合。1912第一次世界大戦。1915対華二十一箇条の要求。1918シベリア出兵。1920国際連盟脱退」
「なんのつもりだ」って先生もういっぺん怒鳴りました。彼は答えました。
「先生。僕ら受験組は五年生のうちに六年生の授業内容は全部塾でやってるんです」
「それがどうした」
「普通の六年生が習うことよりずっと深く、中学生レベルくらいまでの知識は入ってます」
「勉強は受験の為にするんじゃない」
「その通りです。じゃあ、受験の勉強以外のどんな知識が授業にあるんですか」
「たとえば、ここに一枚の絵がある。この絵からどんな事がわかるかみんなの意見を出し合ってーー」
「それは、ビゴーの風刺画です。釣り糸を垂れているのは中国人と日本人。釣ろうとしているのは朝鮮。橋の上から伺っているのはロシアです。当時の国際情勢を風刺しています。それ以上、何がありますか。いろんな意見ってなんですか」
 先生は赤くなって、でも黙ってしまいました。

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