こんなに優しいのだから

友達が隣で眠っている。

昨日はご飯を全然食べられていなかったし、一睡も出来ていなかったと言っていた。
昨日久しぶりに会った時、何というか前会った時のエネルギッシュな空気感が失われていて悲しくなった。
身長が高い彼女なのに、なんだかすごく小さく感じた。

悲しげな表情は浮かべているものの、ちゃんと声を張って話そうとしているのも伝わってくる。
本当に辛かったね。

ずっと話を聞くということも出来たけれど、今は晴れ渡る空の下でちゃんと空気を肺に入れた方がいいと思ったので、色んな所に連れ回した。

まず大きな吊り橋を渡った。
遠くには海が見えて、吊り橋の下には緑が広がっている。
行き交う人はほとんどいない、ただ400mの長い長い橋を渡る。
太陽が照りつけていて、暑くて眩しい。

そこを私がべらべらと話をしながら歩いた。
ゆったりとろとろと、実際景色なんかぼんやりとしか覚えてないくらい私も口から言葉が出るままに自分語りをした。

吊り橋の向こうには動物と触れ合えるところがあった。
お店の中に一羽のフクロウが居て、そのフクロウがあまりに可愛くて私が「触りたい!」と言った。

お店の中はそんなに広くないが森のようになっていて、そこらじゅうの木にフクロウがいた。
手のひらサイズの小さいのから、両手でも抱えきれないくらいの丸太みたいな大きなのまで。
そのどのフクロウも目はまん丸でビー玉みたいだった。
丸太みたいな大きなフクロウの目はオレンジで、もしこのフクロウが死んでしまったらこの目は何色になるんだろうと思った。

オレンジは活力の色だと思う。
自分が自分を奮い立たせるときに見えるところに置いておきたくなる色だ。
私の爪も今はオレンジ。
負けるわけにはいけない状況に置かれていて、でも誰も敵に回したくないから、ただ自分と戦っている。
だからオレンジに元気をわけてもらっている。

彼女にもオレンジのバラをあげた。
彼女のところに行く道すがら、オレンジのバラを見て「これだ!」と思ったから。
きっと今は元気がなくて月のようになってしまっているんだろうな、だけど本当の彼女は太陽のようで周りを元気にさせる、そんな女性なのを私は知っている。
だからオレンジのバラに元気を分けてほしかった。

二人で動物と触れ合って、すごく心が和らいだ。
二人とも動物にすごく話しかけていて、そんな自分たちを客観的に見てみたら、なんだかおかしくて笑った。
お店の中が私たちのはしゃぐ声で染まった、店員さんも大笑いしていた。
小さくて可愛いものに目がなさすぎるね、私たちは。

そのお店には猫がいたんだけど、その猫を抱いてる時の彼女の目線はとっても優しかった。
猫が彼女の腕の中でとろとろになって眠っていたの。
心から彼女に心を許し体を預けて、生まれてから5ヶ月くらいなのにまぁまぁ大きくて重い体をもっていたけど、それが気にならないくらい小さく丸まって気持ちの良さそうな寝顔を浮かべていた。
どれだけ落ち着いたんだろう、彼女からは思いやりと優しさが滲み出ている、というより溢れ出ている。

以前ある人と、自分を漢字1文字で表すならどう表わすかということを話したことがある。
彼は自分のことを「秤」(はかり)だと言っていた。
二つの事象の優先順位を常に比べているというような理由だった気がする、話したのが結構前であまり覚えていないけど。
でも私は彼は秤じゃないと思った。
彼はすごく優しいと思ったから。
彼は自分のことより人のことをいつも優先して、それで損を沢山していた。
人にお金を貸して返ってこなかったり、人の話に最後まで付き合ったり、頼まれたことは断れなかったり。
そこに今度お酒を奢ってもらえるから付き合ったとか理由をつけているけど、結局優しいんじゃないのあなたは、と思っていた。

私は彼のことを「懐」だと言った。
若いのに苦労を沢山してきて、大人にならざるを得ない状況に置かれたから自分のやりたいことを隅において、近くの人を守るために沢山働いた、沢山の苦しいことを一人で抱え込み、そして社会的に見ればちゃんと生活していけるだけの逞しさを身につけた。
けれど彼の心を支える人は、いたんだろうか、
そして今、いるんだろうか。

なにか辛いことがあっても、ため息ひとつつけばまた頑張ろうって思えると洩らしていた彼の言葉が頭に何度も聞こえてきて離れない。
彼のため息になって消えた苦しさや悲しさや理不尽なことへの怒りを聞き出したい、そう思った。
辛い時にはちゃんと辛いと言って、理不尽を感じたらそれに怒りを露わにしても良い。
そうやって自分の感情に素直になることができたなら。
人のことばかり優先してしまうんではなくて、ちゃんと自分を大切にしてほしい。

何が悪いことがあっても、どんなに裏切られても人のせいにしないで自分を責める、そんな責任感の塊みたいな人。
彼なりにすごく考えて、努力をして、それでも結果がでなかったときに自分を責めてしまう厳しさが彼の中の大部分を占めている。
厳格なお父さんのような、そんなひとだ。

話を戻す。
私は彼と自分を漢字一文字で表すならという話をしていた時に自分のことを「泉」だと言った。
泉のように感情が溢れ出していて、その勢いは強まったり弱まったりと常に変化する。
でもその水は常に止まることなくずっとずっと溢れている。
笑いたい時に笑い、泣きたい時に泣き、怒りたい時に怒る、そんなひと。
一人でいる時にちゃんと泣いたり怒ったりするような大人にはなったけど、心の中はそうやって目まぐるしく変化しているんだ。
時の流れがとてつもなく遅く感じる。

一日の中で何度も感情が変化するから、一日を終えた時にはもう一週間くらい終えたような気持ちになっていることさえある。
待つことが嫌いなのもきっとそう。
そのタイミングでしか起こりえないものというのがこの世界にはあると思うから。
この時間この場所でこの人と、という条件がついたから形になること、結果が出ることというのはあると思う。根拠などないけれど。

きっと彼女にとっての一日もまた、今はとても長いと思う。
一日が千の秋に感じられるとはまさにこのことか。
ずっと頭の中で自分の行動を顧みて、そして時々これからを考える。
だから解決策が見つからない時にとても辛くなる。
わかってる、頭では、この世の中には自分の力じゃどうにもならないことがあるっていうこと。
だけどそうはわかっていても考え続けてしまうんだ。

でも私は知っている。
ちゃんと悩むことのできる人は、頭の中で色々と考え事をしてしまう人は、同じ失敗を繰り返さないし確実に成長していく。
これから彼女はもっともっと魅力的な人になっていくんだろう。

布団に顔をうずめ、目覚めた瞬間に私の顔を見てふわっと笑ったこの子は、これまで沢山辛いことを経験したけれど絶対に幸せを掴めると思った。
こんなひとを大切にしたいと思わない人なんていない。
そう思った。

彼女に漢字1文字を当てるなら「懇」だ。
「懇ろ」(ねんごろ)と読むこの漢字は色んな意味を持つ。
細やかな気遣いができて人を大切にする。
世話好きで親切で、でも心を許した人には犬のように甘える人懐っこさもある。
親しげで誰に対しても優しく、ひとを丁重に扱う。
そんな意味が全部入っているこの「懇」という字を、私は彼女に贈りたい。




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