学校と社会では学びの方向が逆という話
先日、ある経済番組で「実質賃金(物価上昇と賃金上昇の差分)を増やすにはどうすればいいか?」という問題に対して、金融の専門家が「金融政策では不可能なので、企業や個人の生産性を上げることが必要です」と説明していました。
そして「生産性を上げるには教育が大切であるが、他国に比べて日本の社会人は勉強しない」ということをいくつかの統計データを使って説明されてましたが、なかなか衝撃的なデータでした。
例えば、OECDが公開している実質賃金伸び率の国別ランキングでは、教育年数が多い国ほど実質賃金の伸び率も高いという結果でした。具体的にはOECD加盟各国で5-39歳までに何年間学校で勉強したのかという年数と、2002年を基準にすると2022年に賃金は何%上昇したとみなされるかというデータが示されました。
オーストラリア 20.4年/+85%
フィンランド 19.8年/+66%
スウェーデン 19.7年/+80%
34. 日本 16.4年/+4%
各国の教育制度を調べてみると学校教育の年数自体に大きな違いはなく、社会人になってから学び直す、もしくは働きながら学校に通う年数の違いということになります。日本では小中高大で6年/3年/3年/4年=16年ですから、社会人になってからはほとんど学校に通う期間がないという統計になっています。
また別の統計では働きながら大学・大学院もしくは専門学校に通う労働者の割合という統計がありました。こちらはウェブで公開されているパーソル総合研究所のデータが参照されていましたが下記の資料中の111ページ「社外の学習・自己啓発」の統計です。
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/assets/global-2022.pdf
設問は「勤務先以外での学習や自己啓発活動について」ですが、日本は全ての項目で全体平均以下、東アジア、東南アジアの国と比べると全項目で最下位という結果です。
特に働きながら大学・大学院・専門学校に通う人は1.7%で100人中2人いないという結果で前述の教育年数の統計結果を間接的に裏付けています。
これらの統計は個人的に昔から思っていたことと合っていて納得感はあるのですが、決して日本人が全然勉強していないということではないと思います。
ではどのようなポイントで統計と実態のズレが生じるのでしょうか。
学校と社会での学びの違い
次の図は学校で勉強する過程と、社会で仕事を学習する過程をイメージした図です。
図の上段は学校での勉強のステップを表しています。それぞれの矢羽根図形の高さは人数の大小を表していて、基礎から基本、そして応用に進むと人数が少なくなるということを表します。
「基礎」とは、ものごとの原理原則を理解することを指します。一方、「基本」とは基礎をベースに、何ができるのかや過程を理解していることを意味します。そして、「応用」とは、基礎と基本をベースにして、現実世界でさまざまな利益を得る方法を理解し、実践できることを意味します。
例えば小学校では「ニニンガシ(2x2=4)」から始まる算数の基礎を学び、四則演算が理解できるから因数分解が理解できるようになり、その上で、高等教育では微分・積分や行列といった抽象概念の理解と計算ができるようになります。
ただし、このような応用ができるようになるまで勉強を続ける人は、義務教育で基礎を習い始めた人数よりもずっと少なくなります。
一方で、社会人として働くには応用である仕事から始めることになります。基礎的な知識を学ぶことなく応用から始められる理由は、書類の処理方法や装置の操作方法、業務の手順などが書かれた業務マニュアルがあるからであり、前任者からの引継ぎ書などもあります。また、上司や先輩に教わりながら仕事をするOJT(On the Job Training)という育成システムも一般的です。
「仕事をする」という観点では、この応用の段階だけでも十分ですし給与も支払われます。仕事をする意味付けは人それぞれですので、その日の仕事を終えて帰るだけでも問題ありません。特にやりたい仕事とは違う分野に配属された場合などは仕方ないこともあるかもしれません。
従って、その先に進まなくても日々の業務では十分役割を果たしていますから、自身の興味や将来設計のために基本を深堀る人、更にその基礎まで勉強しようという人が少なくなるというのが、左へ向かって矢羽根図形が小さくなる理由です。
しかし、日本で仕事をしている人は一切勉強していないのかというと実情は違うと思います。企業規模が大きくなると、研修プログラムや勉強会、また職場でも実施できるeラーニングなどが提供されます。それらを通じて業務に必要な知識、基礎的な知識は学んでいます。
仕事自体はマニュアルでこなせるとしても、やはり仕事を構成している要素の1つ1つをよく理解しておくこと、更に構成要素ごとの基礎知識を学ぶことは大切です。そこまで会社が用意してくれることは稀ですから、やはり仕事を極めたいという意志を持って個々人が努力するしかない部分でもあります。
仕事を掘り下げるには
海外の場合にはジョブ型雇用と活発な転職市場を背景に新たな学びと資格取得に対するモチベーションを得やすいという大きな違いはありますが、日本でも仕事の詳細を掘り下げる意味は多いにあります。
構成要素を理解していることが一番効果を発揮するのはトラブルが起きた時です。目の前の事象は何が原因で起きているのか、それを解決するカギはどの部分にあるのかということは基礎知識がないと分かりません。
とはいえ、仕事の種類は千差万別であり、どのように基本を学び、更に基礎知識を網羅するような勉強ができるのかは仕事の数だけ方法論があると思いますが、全ての仕事にに共通する勉強の始め方は、まず出てくる用語や仕組みの1つ1つを理解すること、言い換えると自分の言葉で説明できるかを考えてみることです。
例えば「クラウド」という用語が出てきました。調べると、サーバとストレージとネットワークといった用語で説明されるものだとわかった。そして、サーバを調べるとCPU、メモリ、ストレージ、NICというもので構成されている。更にGPUというものを加えることもできる。
そしてCPUとは...と用語を理解するための説明に出てきた用語を更に分解していくと、クラウドというものが何の組み合わせで何をするものなのかが理解できます。これが基本に該当するところで、更にCPUとは何をしているもので、その構成はと基礎レベルでは逆に専門的になって最後はトランジスタの集まりだということにたどり着きます。
これはあくまでも一例ですが、仕事で読む資料、説明のために自ら作る資料に出てくる用語を「なんとなくこういうもの」という理解で留めずに掘り下げることで、その領域に詳しくなると同時に、様々なニュース記事や新技術の説明も正しく理解できるようになると思います。
そして、今はネット上にあらゆる情報がありますし、質問すれば生成AIが分かりやすく解説してくれます。勉強したい人には良い時代になりました。
社会人が学んでいないという統計は今の日本を表しているのだと思いますが、これから少しずつでも応用だけでなく基本や基礎まで知ることに興味を持つ人が増えるにはどのようにすれば良いのかを自分なりに考えていきたいと思います。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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