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オマール婚

プロポーズよりも先に、結婚式の日取りが決まってしまった。

「そういえば俺らって結婚するじゃん?式挙げるんならそろそろブライダルフェアに行っておいた方がいいよね」
5月半ば、いきなり彼氏が言った。

俺らって結婚するじゃん?????


そりゃ結婚できたら嬉しいけどさ。
できるかどうかを確認するために、まずは同棲しようって流れじゃなかったっけ??
なにいきなりブライダルフェア行こうとしてんの???
てかブライダルフェアより先にやることあるよね、ほらプロポーズとかプロポーズとかプロポーズとか。

展開が急すぎて戸惑う私をよそに、「来週の土曜日は空いてる?この日、式場のフェアでオマール海老が食べられるらしいけど」と彼はぐいぐい話を進めようとする。

いや、オマール海老はめっちゃ食べたい。
最近は引っ越しに向けて家の中の備蓄食料を消費しようと賞味期限切れの春雨と酢飯と高野豆腐ばっかり食べていたから、正直いま私は動物性タンパク質にとても飢えている。
でも、でもさ。
フェア予約よりも先にすべきことがあんだろうよ!!!

そう求婚を迫りたい気持ちはやまやまだったのだけれど、私はこういうときに自分の感情をそのままの鮮度で伝えるのが恐ろしく苦手だ。
一旦持ち帰り、どうして自分がこんなにモヤモヤしているのかをそれなりに言語化して、必要であればプレゼン用のパワーポイントを作ってやっと、人に説明できる状態になる。
けれどパワポの準備なんて、彼の指定した日にちには到底間に合いそうにない。

結局会社の休憩時間に、彼氏と共有している「やりたい・やらなきゃいけないことリスト」のファイルに「ていうか、プロポーズはないんか???」と書いた。
次に会ったとき彼は「そういうのは気にしないタイプだと思っとった」と驚いていた。
なに言ってやがる。気にするに決まってんじゃん。
予想外の私のふてくされ方に若干引きながらも彼は、「どんなプロポーズがいいのか、どこでするのがいいのかとか理想のプロポーズを詳しく教えてくれたら後日やるわ」と冷静に言った。

それはもはや、八百長では?

まあ、彼がそういう奴であることは知っていた。
けれどこんな時くらい、素敵なことしてくれるんじゃないかと期待したかったのだ。
まぁ彼はある意味期待を裏切らず、「そういう奴」を貫いてくれましたけれども!

「それはご自分で考えてください」と声にシベリアのような冷気を含ませて答えると「おっけー」と軽やかに彼は言った。

なんでこんなに怒っているのか自分でもわからないまま何人かの友人に事の顛末を話すと、ある人が言った。

「つるさんにはつるさんの人生があるのに、彼の思う理想の人生のなかの一員として半ば強引に組み込まれちゃった感じがするよね」

その言葉は那須与一の矢のように、ひゃうふっと私のモヤつきの核心に刺さった。

そうなのだ。
私は別に、高級なレストランでめかしこんで指輪をパカッとしたりはしなくてもいいから「これから一緒に歩んでいこうぜ」って、はじめの一歩を揃えてほしかったのだ。
なし崩しに「するやん?」なんて、進めてほしくなかったのだ。
私との結婚をさも当然のごとく考えてくれていたのは、とっても嬉しかったのだけれど。
それをあらためて彼氏に伝えてやっと、私はそれをネタに彼と笑えるようになった。

ちなみにレストランで指輪カパッを彼氏がやるなら、私はその一部始終を動画に撮って孫ひ孫の代まで笑い伝える用意がある。

で。行ったわけですよ、オマール海老を食べにブライダルフェアに。
まさかでしょう?あんなに愚痴っておきながら?どう考えてもひと呼吸置くパターンでは?

「なし崩し結婚事件」を相談した人にはかなりびっくりされたのだけれど、すでに緑豊かな式場の予約を取ってしまっていたうえ、私はオマール海老の魅力には抗えなかったのだ。

当日、小雨の降りしきるなか会場に入るとウェディングプランナーさんに「ご成婚、おめでとうございます!」と朗らかに出迎えられて、たじろぐ。

ご成婚って、いつから?
こちとらまだ一緒に住んでもないし、籍も入れてもないし、プロポーズすらまだなんですけど。

でもここでそんなことを言うのは大人じゃない。
「あ、ありがとうございますー」とあたかも幸せいっぱいの新婦感を慌てて醸しながら、手渡されたアンケートに答えていく。
「招待客の人数」や「予算」「神前式、チャペル、人前式」などの形式的なことから、「好きな雰囲気の写真をお選びください」「挙式に期待するイメージ」といったより抽象的な質問まで。
私たちの希望に目を通したプランナーさんは、「うちなら全部叶いますよ!」とにっこり笑って、式場を案内してくれた。

三つの式場、三つの披露宴会場を見せてもらって、また最初の相談会場に戻ってくる。
一番気に入った式場と披露宴会場を話し合い、式は神前式、披露宴会場はオープンキッチンで調理風景を見ることができる会場を選んだ。
とはいえ今日はいわば、ただの冷やかし。
プランナーさんが「ここ以上にお二人にぴったりの会場はない」と断言してくれたとおり、きっと挙式することになったらここになりそうな気もするけれど。

念願の試食タイムになりプランナーさんが席を外すと、テーブルにうやうやしくワンプレートが運ばれてきた。

上から時計回りに、オマール海老、鯛のお寿司、ローストビーフ


とりあえず今日私をここに連れてきたオマール海老の西京焼きを、一口。

う~ん、染み入るタンパク質。
プリップリの身に、ビールが恋しいしょっぱさ。
最高だった。
一緒に盛られていたローストビーフも、鯛のお寿司も素晴らしくて、私たちはにわかにあからさまにテンションが上がった。

下見だけのつもりだったのに、結局私たちは式の日程を決めて帰ってきた。
オマール海老の魔力かもしれない。

候補日を押さえてもらったうえで彼宅に戻り、それぞれの家族にその日が空いているかを確認する。
家族LINEに今日食べた料理の写真を送ってからグループ通話でことの成り行きを話すと、開口一番、華やいだ声で母は言った。

「私たち、オマール海老食べられるの?」


母までオマール海老の虜だった。


***
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