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ぬかってしまったゴーヤ話

愛しのゴーヤ、フーちゃん(普通のゴーヤ)が体調不良に陥っている。
葉の端っこに、直径5ミリ〜1センチ弱の黒い斑点ができているのだ。

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あまりの禍々しさにギョッとして、とりあえず斑点の入った葉をすべてむしり取り、「ゴーヤ 葉 黒い」と検索すると、フーちゃんと同じような葉の写真がヒットした。炭疽病(たんそびょう)だという。
気温と湿度の高い環境で発生しやすく、風や雨によって他の植物へと感染が広がる病気らしい。悪化すると葉がボロボロになり、その株は廃棄するしかなくなるという。

おそらく今年の梅雨が長かったせいだろう。雨が降るたびに「水やりの手間が省けてよかった」とほくほくしていたけれど、その間にもフーちゃんは苦しんでいたのだ。保護者失格である。日記帳をめくると彼らが家に来てからこれまで、三分の二ほどの日数が雨だったようだ。病気に強いと言われるゴーヤだが、さすがにこの異常気象には勝てなかったかぁ……。
私の脳裏に「フーちゃん危篤⁈」と新聞の見出しが浮かんだ。オリンピックなんかにかまけている場合ではない、センセーショナルな大事件だ。

とにかく、慌てている場合ではない。
息を整えて農大卒のしっかり者の友人に写真を送り、炭疽病かもしれないとLINEする。困った時は、ネットよりもその道のプロだ。
ほどなく返事がきた。

農作物の病気は基本的に予防重視だから、発症してしまった株は諦めて他の株に移らないよう消毒した方がいいかもしれない。

一通目にがくりと肩を落としたが、

その後とはいえ病気の葉をむしったら元気になったパターンもあるので、経過観察すべし

と、二通目は励ましの言葉だった。その希望が、ありがたかった。

頑張れフーちゃん!!

それから数日間、いつも以上に早起きして、丁寧に葉を見るようになった。
少しでも怪しい葉はすべて切り取り、可能な限りスーちゃん(スーパーゴーヤ)とプーチン(プチトマト)から遠ざけた。
経過観察とは言われたものの、やはり何かしらの処置はしておきたい。もうスーちゃんやプーチンに広まってしまっているかもしれないし、予防として消毒薬を買っておいた方がいいかもしれない。

そう思い立った夜、東急ハンズで総合殺菌剤「ダコニール1000」を買った。

935円もした。値札を見て一瞬「ゔっ」と手が止まったが、これでフーちゃんが助かるならば安いものだ。
枯れていく野菜をなすすべなく見守るくらいなら、打てるだけの手を打ちたい。物言わぬ植物の声をきちんと聞けなかった罪悪感も手伝ってか、ケチな私にしては驚くほど迷いなくレジに向かった。

善は急げ。
帰宅するやいなや1リットルの空きペットボトルに慎重に測ったダコニールを入れ、水を注ぐ。霧吹きキャップを取り付けて、準備完了だ。

ようし、食らえカビども。
ネットに書いてあった通りに、葉の表裏に丁寧に薬品をふりかける。
「夢ならば〜どれほど〜よかったでしょう〜♪」
つい、この間お隣さんの歌っていた「Lemon」(米津玄師)が口から滑り出た。サビの「あの日の悲〜しみさえ、あの日の苦〜しみさえ そのすべてを愛してた、あな〜たとともに〜」というフレーズが今のフーちゃんの弱った姿に重なって、うっかり泣きそうになる。

はたして病気の進行を食い止めることができたのかどうかは、まだわからない。
けれど、やれることはやった。
散布から今日で4日になるけれど、今のところ新たな病気の葉は出ていない。どうか無事でいてほしい。

一昨日、件の友人とオンライン飲み会をした際にフーちゃんの話をした。「結局、薬買ったよー」と言ったらちょっとびっくりして、「一人暮らしで使うには量も多いし、薬買うくらいならスーパーでゴーヤを買った方が安いと思って勧めなかったの」と言われた。
たしかにその通りである。
いつのまにか私は、なかなかの親バカになっていたらしい。否、ゴーヤバカか。

フーちゃん回復のためには実が生っていない方がよい気がしたので、薬を撒く前に小ぶりなゴーヤを収穫した。
真っ二つに包丁を入れて中身をくり抜き、ぬか床に埋める。苦味を薄めるために、しっかりと三日間漬けよう。

一日目にぬかを掻き回したら、いかにもゴーヤの青々しい香りがぶわっと広がった。
おうっ!と思わず怯んでしまうほどの苦みばしった強い匂いに、「だからぬか本ではおすすめされていなかったのだろうな」と密かに納得した。以前読んだぬか床本4冊のうち3冊において、「ぬか漬けに向かない野菜」として紹介されていたのだ。ぬか床にゴーヤの匂いが移ることを危惧しての「向かない」という評価なのかもしれない。
けれど、ぬか床にゴーヤの匂いが移ることは今の私には大歓迎だ。戻らない幸せがあることを胸に刻んで、ゴーヤの香りとともに生きていこう。頭の中が完全に「Lemon」に侵食された私は、歌詞中の「レモン」をすべて「ゴーヤ」に替えて歌い続けた。始まりの一部とサビくらいしか自信を持って歌えないくせに、すっかりフーちゃんの応援歌になってしまった。

そしてようやく三日目。
鮮やかだった緑はだいぶ薄くなり、ぬかがきちんと染み込んでいる様子。小さく切って、炒めたソーセージと合わせる。お肉と食べるとおいしいと教えてくれたのは shinoさんである。

彼女のゴーヤのぬか漬けと牛肉と合わせるセンスに大いに心を動かされたものの、私の今日の主役はあくまでゴーヤ。安いソーセージで充分だ。

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三日漬かったゴーヤは、それでもかなり苦かった。ソーセージで中和したり、ビールで薄めたりしながら、噛むごとに広がるゴーヤのえぐみとぬかの酸味を味わう。ギラつく夏に対峙する力をくれる、荒々しくも爽やかなぬか漬けだった。

どうかまた、こんなぬか漬けを食べさせておくれよ。
フーちゃんの無事を祈りつつ、ゴーヤをひたすらに噛み締めていた。


↑ 元気だった頃の彼らの話

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