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ゆっくり歩き、いっぱい休め

大学生の時に所属していたゼミは、30人前後の学生の前でパワーポイントを駆使して3〜40分発表する、やたらとプレゼンテーションに力を入れているゼミだった。
そんなゼミで私は、必死に文献にむしゃぶりつき、無我夢中でパワポを作り、手のひらを緊張の汗でしどどに濡らしながら発表に臨んだものだった。

だけど。
これまでの人生で、最も緊張し、一番力を入れてプレゼンしたのは、実はゼミではない。
私が最も緊張し、一番力を入れてプレゼンをしたのは、彼氏の前だった。


事件勃発

事の発端は、「生理前だから爆発的に甘いものとか油っこいものが食べたくなるんだよね〜」という、私の何気ない一言だった。
ベッドに腰掛けた彼氏は「そんなの、ただの甘えた言い訳やろ」と一刀両断した。
筋トレが趣味で、普段の食生活もプロテインと豆腐と納豆を三食淡々と食べ続けているストイックな彼からすれば、私のぼやきが甘ったれたものに聞こえるのは仕方がないことなのかもしれない。
それに彼には生理が来ないのだから、PMS(月経前症候群)に理解を示せというのも無理な話ではあるだろう。

けれど。
PMSの怖さを、あの自分が自分でなくなるような暴力的食欲と、あの腹の底で獣が蠢いているような苛立ちと、そして永久に治らないのではと不安になるほどのあの肌荒れの絶望を、「自己管理の甘さ」とあっさりと片付けられてよいものだろうか。
断じてよくない!

体感を共有することは不可能だとしても、せめてこの不快感を想像をすることは試みてほしい。
男と女の間に流れる深くて暗いこの川に、小さな橋をかける努力はしたい。

そんな思いに取り憑かれた私は、彼に向けてPMSのしんどさと、その時に取ってほしい対応を伝えるべく熱狂的にパワポ作りを開始した。

プレゼン前夜

PMS中の眠気やだるさ、苛立ちを思い出しながら、自分の症状を「日本産婦人科学会」や「ルナルナ」、「小林製薬」などいくつかのサイトで列挙されているPMSの症状と重ね合わせてパワーポイントに打ち込んでいく。
サイトによって割合に幅があるものの、なんと女性の7〜9割がPMSにストレスを感じているらしい。

興味深かったのは、小林製薬の2012年のアンケート
そんなに多くの女性が苦しんでいるにもかかわらず、男性のPMS認知はわずか12.6パーセントだというのだ。

PMSという名前を知らなかっただけで、「生理前=しんどい」とは認知していらっしゃるんだよね?と藁にもすがる思いで読み進めるが……その調査によればパートナー(妻・恋人)が PMS だと気づいたら、「やさしく接する」男性は55.3パーセントと半分ちょい超えくらいで、ひでえことには同僚の女性に対しては「何もしない」人が39.2パーセントおり、「やさしく接する」人はたった29.1パーセントだという。

ありえん!
日本の男どもはいったい何をしておるのだ!

憤怒のあまりキーボードを打つ手がワナワナと震えたが、あくまでこれは9年も前のデータ。今はもっと進んでいると信じたい。

ちなみにこの質問を私の4つ下の弟にしたところ、PMSという名前こそ知らなかったものの生理前の不調については知っていた。
もしも私が甘いものを食べたいとゴネたら、ドン・キホーテに買いに行ってくれるらしい。
そんな弟をもって、姉は嬉しい。

9年前とはいえ世間一般男性の無知と無関心に絶望した私は、ついでに生理中のしんどさ&対応編も作ることにした。
書き足し始めたら止まらなくなって、結局プレゼンを思い立ってから準備の完成まで、数週間もかかってしまった。

発表・前編

そして迎えた本番当日。
プレゼンしたいからパソコンを借りたいと告げると、「あんたのプレゼン、久しぶりだな」と彼は爽やかに笑った。
学生時代に何度もゼミの発表の練習に付き合ってもらったことを思い出して、懐かしくなる。
そんな甘やかな懐かしさに押し流されないよう、私はすぅと息を吸って、彼に向き直った。

「この間私が生理前に甘いものが食べたいって言った時、『それは言い訳だ』って言ったよね。
その言葉がけっこうグサッときたので、この度はパワーポイントを用いて発表をしようと思います」

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私が一息に言うと、「そんなこと言ったっけ?」と彼はキョトンとしていた。なにせ数週間も前の話だ。覚えていないのも無理はない。

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「本発表の目的は2つ、①PMSと生理のしんどさを知ってもらうことと、②してくれたら嬉しい対応を知ってもらうことです。
それでは、はじまりはじまり〜」
怪訝な顔のまま固まる彼氏をよそに、私はパワポを全画面表示に切り替えた。


発表の目的と動機は伝えたので、スライドを3枚目に切り替える。

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彼「月の半分ってことは、一年の半分体調不良ってこと⁉︎
私「そういうことです。月によって期間や重さも変わるけど」
彼「それにしてもやばくない?ただ生きてるだけなのに…
私「あまりに症状が重かったり、症状を安定させたい場合は漢方とか薬を飲んだり、低容量ピルを飲んでいる人もいるよ」

続いてのスライドは、「PMSのしんどさ」と題した主な症状一覧だ。

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だるい、イライラ、眠い、食欲、頭痛、腹痛、ニキビ。

彼「あんたはどれが特にきついの?」
私「眠気と食い気とイライラが大きいかな。腹痛、頭痛はそれほどでもないし。けど、便通が不安定になる!」
彼「そんな状態で仕事できんの?
私「きついわよう!
めっちゃ眠くて全然仕事も進まなくて、それなのにお腹ばかり減ってロールケーキとか堅揚げポテトをもりもり食べて当然ニキビができて自己嫌悪に落ちて、あああイラつく!!って状態が何日か続くの。
そんなパツパツの風船みたいな時に限って上司のチクっとした一言が降ってきたりしてさぁ…」
彼「それ、上司に言った方がいいんじゃない?女性のほとんどがそんな状態って、俺が知らないだけなのかなぁ?」

いい質問ですねぇ!
私の中の池上彰が快哉を叫ぶ。

嬉々として、私は小林製薬の9年前のアンケートを伝えた。
私「“何もしない”が約40パーセントってなんなの!」
彼「下手なこと言って地雷踏みたくないしな…セクハラって言われたりしない?」
私「あからさまに下心が感じられたら嫌だけど、私は男女問わず普通に生理の話がしたいよ」
彼「あんたがしんどそうならできることはしたいけど…同僚に手を差し伸べるのは正直ハードル高いわ」
そうかぁ。

気を取り直して次のスライド、「生理中のしんどさ」に進む。

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彼「“Most Heavy ”めっちゃくるくる回っとるやんけ! なんかトゲトゲしてるし!」
私「うん。ヘビーさを強調したくて」
彼「これがCMでよく言ってる“多い日”なんやな」
私「そう。ひょっと屈んだり爆笑したり荷物持ったり、ふっと気を抜いた瞬間にどろっと血が降りてきたのを感じることがあって、それがむっちゃ憂鬱なの」
彼「怖いねえ…」

発表・後編

と、ここまでが前半戦。
PMSと生理のしんどさに、彼は恐れをなしているようだ。しめしめ。

心の中でほくそ笑みつつ、スライドを進める。

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後半の「PMS・生理時の対応」の幕開けだ。
まずはPMS編から。

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スイパラごっこはほんとは身体によくないんだけど…

彼「スイパラごっこってなんだ」
私「閉店間際のスーパーで仕入れた半額のワッフルとかショートケーキ、みたらし団子を一気食いするの。予算は5〜700円あれば余裕」
「いいな。今度誘って」

続いて生理中。

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彼「なるべく家にいた方がいいんだな」
私「うん。二日目は特に」
彼「ゆっくり歩きいっぱい休め、か。よし、心得た」
私「ありがとう。よろしくね」

そして、いよいよまとめ。

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私たちは、性別が違う。
私には生理が来るけれど、彼に生理が来ることはない。
だからといって、これを他人事として片付けてほしくない。
これから一緒に生きていく者同士として、少しでも歩み寄ってくれたら嬉しいです。

そう結ぶと、彼が真顔で抱きしめてきた。
「自分の身に起こり得ないことは、そもそも考えること自体難しい。だからあんたが解説してくれて、すごく嬉しい。俺のことを聞き手として選んでくれてありがとう」

お礼を言いたいのは、私の方だった。
そもそもパワーポイントを作ろうと思い立ったのだって、彼ならばきちんと聞いてくれるという絶対的な自信があったからだ。
真摯に受け止めてくれて、ありがとう。

このプレゼンの話、SNSに書いていい?
と恐る恐る尋ねたら、「もちろん。我々男どもの無知と無関心を心ゆくまで暴いてやれ」と彼は晴れやかに笑った。
彼は「これから対応が身につくまで、ちょくちょくこのパワポを見返すわ。生理が近くなったら教えてくれ」とパワポをデスクトップにコピーしようとした。

すると、「質疑応答」画面が現れた。

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彼「なにこれ」
私「ゼミのクセで。何か質問ある?」
彼「いろいろあるよ。まずはねぇ…」

彼の質問を聞きながら、もっと早く、もっと自然にこんな話ができていたらという思いが頭をよぎった。
俺もあんたも同じ人間なのに、男女差って体格だけじゃないんだねぇ…
そう呟き頷く彼は、今日のプレゼンの成果をこれから行動で示してくれるのだろう。

けれど逆に言えば、私が伝えない限り、彼は世の半分の人間に毎月起きている事態に無関心を貫いていた可能性があるということだ。
彼が特別に無知だったわけではないと思う。彼と同じような感覚を持った男性は、おそらくそこそこいるのだろう。
でもこの認識の差って、どっかで埋めなきゃヤバくない?
男性の生理に対する理解がどれほど進んだのか、2021年版のアンケートがとても見たい。
頼んだぞ、小林製薬。

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