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文学フリマ前日譚


決して開けてはなりませぬ
と言われた扉を、開けてしまう自信がある。

決して見てはなりませぬ
と言われたものを、そっと盗み見てしまうような気がする。

決して言ってはなりませんよ
と言われたことを、つい誰かに話してしまう予感がある。

そう、私はわりと、禁忌を踏み越えてしまう人間だ。昔話だったら、真っ先に老い、伴侶を失い、殺されるタイプ。
しかしそんな数多くの禁忌のなかでもっとも多くやらかしてしまうのは、「決してなくしてはいけませぬ」と言われたものをなくすことだ。

「大事なものだからしっかりしまっておかなくっちゃ」
そう思って、大切にしまって、しまい場所を忘れる。

大切なものの行方

そうして私は、文フリの入場チケットをなくした。
それに気づいたのは文学フリマ4日前の11月19日
手こずっていた無料配布も印刷し終え、ブックスタンド等々の細々した小物も用意し終え、ほっと一息ついていた時のことだった。

えっ、ヤバくない?
チケットないとどうなるんだろう。
慌ててホームページを調べると、一般入場を開始する12時まで、会場外で待っていなくてはならないという。

入れないってことはないんだ、と少し安堵しながら、でもできれば事前に入って整えておきたいよなと焦りなおす。
とはいえ大切なものをしまいそうな場所はもうほとんど探し終えてしまった。
文フリ用に買ったショッピングカートにも、無料配布やサインペンなどの文具を入れた小ぶりなクリアケースにも、当日肩からかけるであろうポシェットにも、文学フリマのチケット入り封筒の姿はなかった。

こういう時は、一度紛失物のことを忘れて頭をリセットすることが大切である。
まあ私、チケットがなくても動じませんので」というポーズを取ってみると、意外とその後すぐに見つかることがあるからだ。

たぶん神様はいる。そして、相当にイタズラ好きだと思う。
なんだコイツ、チケット隠したくらいじゃ慌てないんか
そうがっかりさせれば、しめたもの。
なくし物は唐突に「おや?どうしてこんなところに」と少し意外なところからひょっこり出てくる、はずだ。

そうこれまでの経験を信じて、私は気にしないフリをした。
通帳をなくした時も、図書館の文庫本をなくした時も、大学の受験票をなくした時だって、最終的にはそれらは私の手元に戻ってきた。
それも、発見を諦めて再発行の手続きや弁償やお問い合わせフォームへの連絡を決意した、その瞬間に。

だから、大丈夫だ。
それにこれまで私がなくしたものに比べれば、文フリの封筒なんてちっぽけなものだ。
そう己を奮い立たせて切り干し大根を取り込んだら、その干し網の上に探していた封筒が挟んであった。

これのどこが「しっかりしまっておかなくっちゃ」なんでしょうか?
私には、わかりません。
でも19日の深夜には無事見つかったので、今回もセーフ。ふう。

COCOAが入らない

ところが、困難というのは次から次へと降りかかってくるもので。
事務局からの確認メールに「新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)」のインストールのお願い」と書いてあった。
おうおう、アプリくらいいくらでも入れてやるでよ、と気前よくアプリのインストールボタンをタップしたら、しばらくクルクルしたのち「このアプリケーションにはiOS13.5が必要です。」と突きつけられた。

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まーたアップデートすんのかぁ、スマホってめんどくさいなぁ。
まだ、私は呑気だった。

焦り始めたのは、アップデートには容量が足りないという無情な表示を見てからだ。
いらないアプリを消しても消しても、増える容量は微々たるもの。

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ていうか、圧倒的に容量を圧迫しているこの灰色の「その他」ってなんなの?
スマホの容量の4/5を占めているようにしか見えないんですけど。
あんた文明の利器なんだろ?がんばれやーい。「その他」なんかに負けんなやーい。
そんな苛立ちがこみ上げてくるが、機械相手に怒ってもどうしようもない。

デジタルオタクの彼氏に「CACAOがインストールできないよう」と相談したら「それをいうならCOCOAやろ」とそっけなく返されたものの、一緒に携帯ショップに行って機種変に付き合ってくれることになった。

お店のお兄さんに理路整然と現状の問題点とスマホの機種変希望について説明する彼氏は、めっちゃめちゃに格好よかった。
同じことを自分に聞かれたら、私はたぶんほとんど何も答えられなかったと思う。
その頼もしさについ彼の横顔をガン見していたら、ふいにお兄さんが私の方に向き直った。

奥さまはお色どうします?赤、白、黒の三色ご用意できますけど」

あ、私は奥さまではないんです。
たぶん彼と同時にそんなことを言いそうになって、お互いに無言で譲り合って、結果的に私たちは無言のままだった。

お兄さんはそれを了解と取ったらしく、その後も私に「奥さま」と、彼に「旦那さん」と何度か呼びかけた。
その度に膝に置いた彼の手が訂正したそうにピクリとこわばり、それでも表情は変えずに店員さんと落ち着いて話しているところに私はひとり興奮した。

大人だ。
昔の彼なら絶対に「いや、我々は夫婦ではありません」と話の流れをぶった切ってでも訂正し、若干気まずそうな店員さんのことなど気にも留めなかったであろう。
しかし今、彼は誤った呼びかけをされて無意識に手をピクピクさせながらもそれをスルーすることを選んでいる……!
そこに、彼の老いと諦念を感じた。

成長したねえ!大人だねえ!!

お店を出てからそう賞賛すると、彼は「きひひ」と甲高い声を作って笑った。大人らしからぬ笑い声だった。

さつきさんと打ち上げ

20日土曜日、さつきさんと打ち上げと称してステーキ屋さんに行った。
こんな機会がないと食べられない牛肉!
とりあえず諸々の準備が終わったことにホッとしつつ、がっつりと肉を頬張り、レモンサワーを飲む。

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お肉はとてもおいしかったのだけれど、なかなかナイフで切れない&食いちぎることができずに難儀した。
もしかして私がぼやぼやとサバ缶を食べているうちに、顎の筋肉が衰えていたのかもしれない。

彼氏の老いを嗤ったその口で自らの老いを語るのはなんだかとても不本意なのだけれど、牛肉の「生きもの感」はそんな私のプライドをやすやすと引き裂き、打ちのめした。
なんかもう、笑っちゃうくらい切れないのだ。おいしいのに。おいしいのに!

もはや私たちの手も歯も、肉のためにあった。労いの言葉や文フリへの意気込みは肉を切り裂き、噛み切る合間に差し挟まれ、食べ終わったあとはなんだかプール後みたいにくったりと心地よく疲れてしまった。満腹のお腹をさすりながら、私たちはゆるゆるとたんぽぽハウスに移動した。

たんぽぽハウスは東京・千葉を中心に展開するリサイクル衣料品店である。
いつかがっつり記事で紹介したいのだけれど、今はとりあえず105円から服が買える超素敵なリサイクルショップであるとだけ言っておこう。
そこで私たちはモスグリーンと若草色のセーターを見つけた。

これ二人で着たらモリゾーとキッコロみたいですね!!

さつきさんの言葉に爆笑して、買った。
会場でモリゾーとキッコロを見かけたら、それはきっと私たちだ。ちなみに私がモリゾーで、さつきさんがキッコロである。

そんなこんなでつるる書店、本日開店。
無事に終われるのか、今からドキドキである。

***

【書籍情報】
『春夏秋冬、ビール日和』
つる・るるる 著

A6判並製
152頁
装幀・装画:編屋さつき

【内容紹介】
「この部屋チャタテムシが湧いてきてマジで発狂するんだけど!」

ルームシェアしていた従姉が騒ぎ出したことによって、二年ほど住んだ西葛西の部屋を泣く泣く離れることになった私。
不動産屋のお兄さんに流されるようにして決めた埼玉県のワンルームで始めた一人暮らしは、思いのほか波乱万丈でした。

いきり立つシマヘビ、いきなりグレるぬか床、黒光りするアイツとの闘争、怪しい婦人からのお誘い……。

あまりにも地味な、しかし当人にとっては重大な事件。
そしてそんな低空飛行気味な日々を癒してくれたのは、冷蔵庫のビールでした。

特に役に立つことも書いていないし、特に心を揺さぶるようなことも書いていないけれど。
ちょっと手持ち無沙汰な時にふらっと開いてふふっと笑ってもらえるような、そんな本にできたらいいなと思っています。


【著者紹介】
つる・るるる

1994 年生まれ、湘南育ち。
千葉県や東京都で従姉との二人暮らしを経て、2020 年の3 月から埼玉県のワンルームで一人暮らしを始める。
noteではぬか漬け部部長を務める。

好きなぬか漬けはカブとゆで卵、好きな味噌汁の実は切り干し大根と木綿豆腐。

note : https://note.com/tsururururu
Twitter : @shimaumaumasou
STORES:https://tsuru-rururu.stores.jp/


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