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少女な母 ④

母はとても社交的な人だ。

娘の私から見ても綺麗でいつも笑顔を絶やさない母は男女問わず人気があった。

そんな母だったので、父の死後も友人との約束が絶えなかった。

ただ、母のカレンダーに書き込まれている予定には、時間と場所だけが書かれており、誰との約束か書いていないことが多くなってきた。

私が「誰との約束?」と聞いても
「さぁ、誰だったかしら?行けば誰かいるでしょ。」
とアッケラカンと答えるお気楽な母に相変わらずだなぁと呆れながらも当初は私もあまり気にしていなかった。

しかし、しばらくすると母の友人から母に度々電話が入るようになった。

「今日、あなたと約束してたから○○駅の改札口にいるのだけれど…どうして来ないの?」

母は、そんな電話を受け取っても
「あら、今日だったぁ?」とカラカラと笑い、相手に謝りもせずに電話を切ってしまう。

母にすっぽかされた友人が段々と増えていくのを見て、さすがにこれはまずいだろうと思い始め、母の友人の何人かに私からコンタクトを取り始めた。

本当は会ったこともない母の友人に電話をするのは凄く嫌だったけれど、このまま放置もできない。

我慢して幾人にも連絡を取り、母の病状を説明した。   

しかし、友人たちには、上手に相手の会話に合わせて話す母が病気だとは俄に信じてもらえず、私もずいぶん苦労した。

そのうち母が約束した場所に現れるのが遅ければ、友人から私に電話が入るようになった。

母と同居する前は、母が自宅にいないだけでもどこに行ったのかと私に聞いてくる人がいた。

母がどこに行ったのかなんて、いちいち私は知らないし、何でそこまで把握しなければならないのか、腹も立った。

母の友人たちも当然お年寄りで、こちらの都合を配慮してくれない。

待てない方も多く、閉口した。

まさか、母の介護に母のスケジュール管理まで入ってくるなんて考えてもいなかった。

業者からの電話にも母が適当に答える為に必要ない人が訪問してきたり、詐欺紛いの電話もかかってきたりで母の周囲は混乱してきた。

脳神経科の先生に相談すると、母の電話を録音できる電話にしなさいと言われた。

なるほど、録音電話にすれば母が誰とどこで会う約束をしたのかわかるし、どんな業者と話したのかもわかる。

お医者様は、一番怖いのは母が人に騙されることだと言われた。

自分の患者にも実際にそういった人がいるとの話に母が人に騙されて高額なお金を巻き上げられたら大変だと私も焦りを覚えた。

早速録音できる電話を購入し、リビングに設置した。

母に気付かれないよう、母が電話で話した内容を聞く作業が始まった。  

案外これが面倒な作業で、母のプライバシーの侵害にもなるし、段々私には耐えられなくなって主人に頼むようになった。

女性の話は長い。

なかなか約束をする会話にいきつかなかったりもした。

ただ、この録音電話は非常に役に立った。

母が誰とどんな約束をしたか、或いはどんな品物を注文したか等がわかるようになった。

いらない品物を注文した時は母が認知症であることを相手に話して断りの電話を入れたりもした。

詐欺の電話があった時は、警察に連絡してお巡りさんに来てもらい、録音した電話の内容を聞いてもらった。

録音した内容や先方の電話番号がそのまま証拠になるのでとても便利だった。

私は母を見て思う。

体は元気で動けるけれど認知症がある人の介護は大変だということを。

勿論、認知症で寝たきりの方や体が不自由になられた方の介護をされている方のご苦労は想像を絶するものがある。

しかし、私の母のように認知症の進み方が比較的緩やかな人は相手から認知症だとわかりづらく、勝手に物事が進んでしまう。

周囲が気がつかないまま、大変なことになっていることもあるだろう。

母宛ての郵便物も母が開封してはいけないものがあり、そっと取り上げもした。
万が一なくなったり、捨てられては困るからだ。

同様に母の実印や銀行の通帳、クレジットカードなども母のプライドを傷つけないように私や弟の手元に渡してもらうのは大変難しかった。

母と喧嘩になることも度々あり、母に泣かれもした。

認知症の人を否定せず、その人に寄り添うように介護するのが良いことは私にもわかる。

お医者様にもそう言われたり、本に書いてあったりもする。

でも実際には介護する人の心に余裕がない時、それは無理だと思うのだ。

        次に続きます

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