安楽死救済制度でも救われない。

 20XX年、逼迫した介護による問題で知的障害や精神疾患を抱える者、後期高齢者の安楽死救済制度が法律にて確立された。杏奈は重い、生活に支障をきたすレベルの精神疾患を患っているので、この安楽死制度を受ける側となる。2週間、湖の近くのコテージで余生を過ごしたあと薬物投与で安楽死を図る。ずっと幻覚や幻聴に苦しんでいた杏奈はやっと解放されるんだという思いと、死への恐怖が拭えなかった。幻覚や幻聴って当事者は孤独だ。誰にも感覚を共有できないから。この法案は他の先進国には糾弾されたが、でも実際問題介護する人間が足りなくなっている今、こうするしかなかったのだった。杏奈は荷造りをしていた。お気に入りのCDや本を鞄に詰めていく。

 いつか両親に愛されていた記憶、中学校でいじめを受けて精神がボロボロになり、20歳になる頃には重い精神疾患になってしまった。思えば色々なことがあった。苦しい記憶も今は全てが懐かしい。なんとなくいつかの初恋の人を思い出していた。背が高くて髪がサラサラで数学が得意だったあの人。元気かな。もう声も顔もぼんやりとしか思い出せないや。キスくらいしとくべきだったな。初体験もしないまま死ぬことに少し後悔は残る。好きな人に目一杯愛されてみたかった。やっぱり涙が伝う。そうしてユーミンのやさしさに包まれたならを歌う。これを歌うといつも心が不思議と落ち着くのだった。歌う中で色々な人を思い出した。幼稚園からずっと仲良かった夕美ちゃん、中学でいじめてきた真里奈と紗良、絵美里。でも何だろうもう彼らのことも許していた。怒る気力がないというのと、彼らもみんな幼かったとわかるからだった。でも慈悲の心というのは本人も落ち着くからとても良い。そんな風に感傷に浸っていると、郵便屋さんから手紙が届く。母からだった。やはり安楽死に反対で、国外に逃げて欲しい。と書かれていた。実際、金持ちの子息は海外に行って安楽死から逃れているらしい。その為にはいくらでもお金を出す。貴方に生きてて欲しい。涙が出てくる。大事に大事に育ててくれた母に恩返しもできず、死んでゆくことに後悔が募る。しかし海外逃亡しても、この苦しみからは逃れられない。私は死ぬ。

 死を選ぶ。最後に母に手紙を書いた。育ててくれたことへの感謝と、先に死んでゆくことの謝罪。幸せになってねと綴った。書いてるうちにポタポタと頬に涙が伝った。大好きな母にもう会えない、それだけで悲しい。でも天国で幸せになるんだ。私はいい人間をしていたのできっと行けます。そう願っている…。

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