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今こそ挑もう!にゃんこの青空文庫【猫にまつわる短編4選】

『あなたがペットを飼ったときの体験を400字で書きなさい。飼ったことがない人は飼ってみたい動物について書きなさい』

「始め!」の合図で用紙をめくったその直後、私は絶望した。中学受験の作文試験である。絶対に志望動機が出ると豪語する母に添削されるがまま、泣きながら400字を暗記してきたのに、問題は斜め63度からやってきた。

あいにく、ペットを飼ったことはない。生まれてこのかたマンション住まいなので、飼う想定をしたこともない。取り立ててどの動物がいいというのもない。困った。このままでは1文字も埋まらない。

仕方ないから、『田んぼで掬ってきたおたまじゃくしをバケツに入れて育てたら日に日に脚が生えきて生命力を感じた』という話をしたら余裕で落ちた。


それ以来、動物を飼ったことがないのは私にとって非常にコンプレックスである。日々Youtubeを見て、いきものを愛でる気持ちを芽生えさせようとしている。が、ついに思いついてしまった。

小説の中でなら飼えるじゃないか!

というわけで、今回は著作権の切れた名作や公開が許可されている作品を無料で読める青空文庫から、猫にまつわる短編小説をいくつか紹介してみよう。


①海野十三『透明猫』

【青二は父の職場に弁当を届けた帰り道、崖下の草むらから猫の鳴き声を聞く。不思議なことに姿は見えないが、目玉のようなものがふたつ浮いていて、手を伸ばせば毛の感触もある。家に連れ帰ってみたところ、なんと翌朝には青二の体も透明になっていてーー】

なんといっても冒頭から猫と出会うまでの描写が明快で気持ちいい。「透明な猫がいました」と一言で説明するのではなく、鳴き声がする→探してみる→姿は見当たらない→光る玉がある→つかんでみる→毛に触れる→透明猫がいる!と、ひとつずつ情報が明かされていくのが楽しい。一気に少年の視点に引き込まれる。なんなら青二の年齢は書かれていない。おだちんに鉛筆を一本もらったとか、わあわあ泣いたとか、小さな描写を積み重ねて世界を作っていく。

ストーリーがころころと展開していくのもいい。飼っていた猫が死んでしまったエピソードが出てきたときは、もしかして怪談?とびくびく。青二が透明になって思い詰めているときは、山月記的な寓意があるのかと深追い。最後にはえー!と叫んじゃうようなオチも待っていて、誰でも童心に返ってわくわくできる物語。


②エドガー・アラン・ポー『黒猫』(訳:佐々木直次郎)

【刑の執行を明日に控えた”私”の告白文である。幼いころから動物が好きだった私は妻と結婚した後も家でたくさんの動物を飼っていた。中でも黒猫のプルートォを寵愛していたが、お酒をきっかけに虐待するようになり、かっとしてついに殺めてしまった。ところが、しばらくするとまた飼いたくなって、酒場で懐いた猫を連れ帰るがーー】

古典をあさっていると、もうしばらくは読みたくない!と思うようなショッキングなものとまま出会う。これもそのひとつだが、青空文庫、短編、猫、の三拍子が揃えば紹介しないわけにはいかないド定番である。初めて読んだときは「好かれれば嫌になる」という性質に共感して解釈していたが、もっと複雑であやふやな人間の本質を垣間見たような気がする。

”私”を凶行に走らせたものはなんだったのか。すべては酒が悪いのか。それとも人間には本能的に残忍さ備わっていて、アルコールによってあらわになっただけなのか。しかし”私”の語りには何ものかによって破滅に導かれたというニュアンスが一貫して滲んでいる。プルートォという意味深な名前といい、壁という奇妙な符号といい、一連の事件には奇怪な偶然が絡んでいる。とはいえ、これは翌日に刑の執行を控えた人間の独白である。死を覚悟したものだけが見える真実が隠されているのかもしれないし、すべてまやかしなのかもしない……。


③大倉燁子『黒猫十三』

【本庄恒夫は友人の辰馬久と賭博していたところを警察に見つかり逃げていた。辰馬と別れたところへ運よく通りかかるタクシー。乗り込むが、今度はシートの下に血まみれの美少女。息はしているようなので運転手の隙を突いて自宅まで担ぎ介抱することに。ベッドに寝かせ、近くに住む医者を呼んで戻ってみると、部屋はもぬけの殻になっていたーー】

篠突く雨の中賭場から逃げる男二人。息つく間もなく降りかかる非日常。冒頭から不穏な匂いがぷんぷんする。そこへ黒髪の絶世の美女とあれば事件が起きないわけがない。安定も利益もいらない、ただおもしろそうな方へ突っ走っていく主人公が巻き込まれ騙され振り回され。数ページで目まぐるしく繰り広げられる展開に50年以上前に書かれたことも忘れてハラハラしてしまう。

今回取り上げた中では、本作が一番猫のイメージを鮮やかに描いているように思う。美しくしなやかな動き、気ままに甘えてくる愛らしさ、時々ちらりと覗く妖艶さと狡猾さ。それになんとか猫っていうじゃない。細やかな描写にもご注目。最後に驚きの展開と絡まり合って絶妙な読後の余韻を醸し出してくれるはずだ。


④南部修太郎『猫又先生』

【猫又先生が担任になった。前任の杉山先生の代わりである。赤い髪の毛に上下する一文字髭。見るからに貧相で、神経質そう。さて、始まった授業は堅苦しくて退屈。国語とはなんたるかを真面目に説いているのだが、その言葉の調子のクセが気になる。ますます話は入ってこないし、だんだんおもしろくなってくる。ついにクラス中が笑い出すと、馬鹿にされたと勘違い。顔を紅潮させ激しく怒鳴り、機嫌を損ねてしまった。そんなことが重なって猫又先生と生徒の間の溝は徐々に深くなりーー】

学生時代、私たちも先生にたくさんあだ名をつけた。足音もなく教室に入ってくる「フェアリー」、ポケモンにそっくりな「カビゴン」、髪型がバーコードの「バーコード」……ひねりのきいたものから安直なものまで。別に悪意があったわけじゃない。私たちにとって先生は”先生”といういきもので、彼らもまた”師”を演じているように見えたから、ちょっと親しみを込めて呼んでみたかっただけなのだ。

大人になって初めて、先生もひとりの人間だったのだと気づく。この生き方でいいのかと枕に沈んだ夜も、責任の割りに給料が少ないんだよと愚痴って酒を呷る休日もあったのだろう。それでも折り合いをつけるため、学校にいる間は先生になり切っていたのかもしれない。

彼らは今もまだ”先生”を生きているのだろうか。そういえば兄姉の代から脈々と受け継がれてきたというあだ名もあった。埃を被った骨董品のように。いや、ちょっと待て。私も肩を見る。毎朝同じ時間に起き、毎日同じ業務を淡々とこなして。私もまた”社会人”という名の骨董品になろうとしていやしないだろうか。薄く積もった白いものを力強く払いのけた。


今回取り上げた4作の他にもタイトルに猫とつく作品を読んでみたのだが、どうにも私には手に負えなさそうである。

ならば、忠誠心が強いという犬ならどうだろう。というわけで、第6弾「今こそ挑もう!わんこの青空文庫」を更新しました!よければ合わせてお楽しみください。


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