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ことばの一生

ことばの一生


ほんとうののことばを追い求める
すると、確かにこの先に見えたはずのそのことばは、
まるで煙のように すっと姿を眩ませてしまう

見失って、私は立ち止まる
どんなに目をこらしても、必死に痕跡を辿っても、
そこにはなにもない
まるで、最初から存在しなかったかのように

ただ、恋焦がれるように求めざるを得なかったことばが、
確かに存在したはずなのだ
そんな朧げな記憶が、
巨大な喪失感とともに
私の胸の内に巣食っている

私は、悲しみにくれる
しかし、もう思い出せない
自分が見た光がなんだったのか、
果たしてそれは本当にあったのか
はるか昔に私を揺さぶったあのことばたちは、
もう二度と戻ってこない
いや、きっと最初からなかったのだ


私は、また歩き出す
何もかも忘れて歩き出す
自分がかつて何かを追い求めていたことさえ忘れて、
記憶も思考も希望もかなぐり捨てて

最後まで巣食っていた虚無感まで放り出して、
この瞬間の一歩一歩を踏みしめて歩き出す


道は険しく、体力は有限で、
一歩一歩が私の命を削ってゆく
それでも歩く
歩かずにはいられない
足を進めるごとに、
皮膚は割れ、
目は潰れ、
鼻はひしゃげ、
耳は歪んだ
それでも足を止めることはできない

ただ、心を鬼にして
一歩一歩歩んでいたら、
いつのまにか、
素晴らしき力に満ち溢れたことばたちが
影のように
私に寄り添っていた


私とことばは、一体となって、道を作る
私は歩いた後には、ことばの道ができた
ことばの道は、先にも後にも永く続き、
世界中の、然るべき人たちの元まで届いた

ある日、私の肉体が滅びると、
最後のことばは踊るように、
はるか彼方へと
駆けて行った


どこでもなく、どこでもある場所へ




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