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運命が変わるなんてことがあるのか

婚約者に捨てられた、ボロ雑巾のように捨てられた。よりによって、あんな女に彼を奪われるなんて。あの女のどこがいいの私の何が劣るの? 私がああいう女に負けるなんて、最愛の人を奪われるなんて、嘘だ信じられない!私の心はズタズタだ。惨めだ、もう生きていたくない、死んでしまいたい。

胸の内に煮えたぎる悲しみと敗北感を抱いて帰宅した。靴も脱がずに玄関で泣き崩れた。
何時間が経っただろうか。私はやっと立ち上がった。泣き顔を何とかしたくて顔を洗う。顔を上げて鏡を見ると、そこに私の顔は無かった。替りに短い 蝋燭ろうそくが一本映っていた。一瞬目を疑いよく見たが、そこには暗い私の顔があっただけだ。

私は死にたくて仕方ない。あの日以来、死に方と死に場所のことだけを考え続けた。その日々のなか、鏡を見るたびに一瞬だけ蝋燭が映る。なんだろう、この蠟燭は。蝋燭は日に日に短くなり、私の心身は干からび続けていった。
一瞬だけ鏡に映る蝋燭。その残像を目に焼き付けて考える。もしかして、蝋燭は私の寿命ではないか。その証拠に私は死ぬことに取りつかれている。鏡の中の私は、黒いクマと頬の窪みだけが目立って青白い。

そうか、私死ぬのか。一人ぼっちで誰にも心配されず、もうすぐ死ぬんだ。死にたくない、一人で死にたくない。それなら、それなら、あの女を道連れにしてやる。私がこんなに絶望して苦しんでいるのに、自分だけ幸せになるのは許さない。絶対に一人じゃ死なない、巻き込んでやる。

私は殺人計画を練り始めた。彼の行きつけの店で待ち伏せて女を刺し殺そう。私はいつしか自殺を考えなくなっていた。
夜ごとに私はある店の前で待ち伏せをした。何回か空振りに終わったが、ついに女と彼が姿を現した。
私は物陰から飛び出すと、一気に女の背にナイフを突き立てた。血吹雪があがり悲鳴が夜空を引き裂いた。女に刺さったナイフを抜きもせず、身をひるがえし逃げた。やった、あの女を殺してやった、私は笑いながら走った。

振り返りもせずに、顔も服も血だらけのまま家に帰った。息は切れていたが心は達成感で満ち溢れていた。
警察に捕まってもかまうものか。私はもうすぐ死ぬ。どんな刑を受けても知ったこっちゃない。ほらみろ、私の勝ちだ。他人の婚約者を奪うからだ。ざまあみろ!

忌々しい女の血が私の全身に飛び散っている。私は服を脱ぎ棄てシャワーを浴びる。全身を洗い流しさっぱりして何気なく鏡を見ると、いつものように蝋燭が映った。だが、それはいままでの蝋燭じゃなかった。蝋燭が長くなっていた!

どういうこと、私は鏡に顔を近づけ何度も鏡を凝視した。鏡に交互に映るのは長い蝋燭と、つややかに血色のいい私の顔だけだ。どういうこと、どういうこと、どういうこと?

まさか寿命が延びた、寿命が延びたってこと? なんで、そんなはずがない、私はもうすぐ死ぬはず…

その時、ドアを強くたたく音が聞こえた。

                           (1190文字)


ピリカさん、審査員の皆さん、今回も素敵な企画をありがとうございます。
楽しみにしていました。今回も参加させていただきます。


お読みくださりありがとうございます。これからも私独自の言葉を紡いでいきますので、見守ってくださると嬉しいです。 サポートでいただいたお金で花を買って、心の栄養補給をします。