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割り箸冒険記

ヒトシは使用済みの割り箸を集めています。工作好きの小学生のヒトシは、きれいに洗った割り箸で、ミニチュアの船を作っているのです。ついに今日、割り箸の船が完成しました。ヒトシは出来たばかりの船を手に取って満足そうに眺めています。

その時、ヒトシの背後が緑色に輝きました。振り返るとそこに、緑色の髪に薄茶色のワンピースを着た少女がいました。ヒトシは驚きのあまり口がきけません。少女は鈴の鳴るような声でいいました。
「私はナーシャ。割り箸の妖精です。あなたにお願いがあってきました」
ナーシャはとても可憐な少女。歳はヒトシより少し年上でしょうか。
「お願いって何?」
夢でも見ているのかと思いながら、ヒトシがききます。
「私は大量に捨てられる割り箸たちを救いたいのです。そのためにはエーリルという宝石が必要なのです。その宝石はパリツという島にあるのですが、パリツには割り箸でつくった船でないと行けないのです」
「それで僕のところに来たの?」
「そうです。あなたは割り箸を大切に扱ってくれます。だからあなたの作った船ならパリツへ行けるのです。お願いです、私に力を化してください」
「こんな小さな船に乗れっこないよ」
ヒトシがそういうと、ナーシャは葉っぱの形をしたペンダントを振りました。たちまち割り箸の船は大きくなり、部屋の床は海になりました。
「えっ! 海ーーー!!!」
「これで船に乗れます。どうか私に力を貸してください」
ヒトシはつい、うなずいてしまいました。
「そうだ、これを武器を持って行こう」
ヒトシは割り箸でつくったゴム鉄砲を持って行くことにしました。こうしてヒトシとナーシャの冒険が始まりました。

割り箸の船は大海原を進んでいます。どこからかトビウオの群れがやってきて、船の両側から船を飛び越えるように飛び始めました。
「わあ、トビウオのアーチだ」
ヒトシが歓声をあげます。
「このアーチをくぐればパリツはもうすぐです」
ナーシャが静かな声で言いました。
やがて前方に黒い物体が横たわっているのが見えてきました。
「あれがパリツです。火山の噴火で島中の木がみんな燃えてしまったの」「あの島のどこにその宝石・・・エーリルがあるの?」
「洞窟の奥深くにあると伝えられています。どこから洞窟に入るかは知っています。」
2人は何とか船を泊められるところを見つけ、黒くゴツゴツした岸に上陸しました。一面溶岩が固まったデコボコの地面が広がっています。草の一本も生えていなくて、生き物の気配はまったくありません。歩きにくい地面に何度も足を取られながら二人は歩きます。

やがて洞窟の入り口にたどり着きました。入り口は狭くて、ヒトシの体がやっと通るほどの隙間しかありません。2人は洞窟を進んでいきます。ナーシャのペンダントが光りながら宙に浮いて、カンテラ代わりになりました。洞窟の中の道は幾重にも分かれていて、迷路のようでした。
その時、洞窟の奥から赤黒く光る魔物が出てきました。魔物は熱を放っていて、あたりはとても熱くなりました。
「あれはマグマの魔物! 捕まったら私たち燃えてしまうわ」
ナーシャが悲鳴をあげます。ヒトシは割り箸ゴム鉄砲を魔物に向けて撃ちます。でも、輪ゴムは魔物の熱で溶けてしまって、まったく効きません。2人は全力で走りました。なんども転びながら、迷路のような洞窟をでたらめに逃げ回りました。そして、どこにいるか分からなくなりました。でもなんとか、マグマの魔物をまいたようです。
「どこにいるかわからなくなっちゃた」
「大丈夫、エーリルのありかはこのペンダントが教えてくれます」ナーシャの葉っぱのペンダントはふわふわと宙に浮かび、一本の道を指し示します。「さあ行きましょう」ナーシャが先に歩き出しました。

ペンダントの光があるので洞窟の中がよくみえます。先に進むと、洞窟の中だというのに見たこともない景色が広がっていました。
驚くことに洞窟の中に暗い青色の川が流れていました。水しぶきを立てている流れはとても早く、川に落ちたら助かりそうにありません。2人は慎重に水面に出ている石を伝って、ごうごうと流れる川を渡りました。
しばらく行くと、とても明るい場所に出ました。暗さに慣れた目には眩しくて、目を開けていられません。目が慣れてくると、虹色に光る石があちらこちらにあるのが見えました。洞窟の地面からも壁からも天井からも、沢山の細長い石が生えています。「きれいだ」ヒトシは思わず見とれました。が、ナーシャは関心を示さずどんどん先へと進みます。
また暗がりに戻ると、こんどは目のない虫が足元にビッシリといます。足の沢山ある気持ち悪い虫です。ヒトシが割り箸ゴム鉄砲を虫に向けて撃つと、虫の大群はサアッと逃げていきました。

2人は長い間、洞窟をさまよい続けました。どれだけの時間、歩いたでしょうか。足が痛くなりました。その時、道幅が細く天井が低くなった狭い場所に入りました。よく見るとそこにはテーブルのような形の岩があります。そのテーブルの上で、ナーシャのペンダントの光を反射して何かが緑色に光りました。
「あれよ! やっと見つけたわ!」
歓声を上げてナーシャが駆け寄ります。
「エーリルよ!!、やっとみつけたわ」
ナーシャが緑色の宝石を手に取ります。野球のボールくらいの大きさの卵形の、つやつやした石です。
「よかったね! で、その宝石をどうするの?」
ナーシャはそれに答えず、悲しそうな顔をしました。
「ヒトシ、これでお別れです。私をここまで連れてきてくれてありがとう。大丈夫、あなたはちゃんと部屋に帰します」
「ちょっと待って! どういうこと?」
「私の命をエーリルの中に入れます。そうすればエーリルが生き返るのです。エーリルはこの島の命。エーリルが生き返れば、世界中で使い捨てられた割り箸たちがこの島に集まってこられます。そしてこの島で再び木になるのです!」
ナーシャは高らかに言いました。
「そんな悲しい顔をしないでください。わたしはこの島パリツそのものになるのですから」

ナーシャがエーリルを両手で握りしめると、エーリルが太陽のように光りました。あたり一面緑色になりました。ヒトシが目を開けると、そこにはもうナーシャの姿はありませんでした。かわりにエーリルが輝きながら宙にういています。エーリルに再び命が吹き込まれたのです。
突然、洞窟が揺れ始めます。次の瞬間、ヒトシは陽の光につつまれました。洞窟が消えたのです。頭の上には広い空が広がっています。空の向こうから何かがたくさん飛んできます。パリツめがけて大量の割り箸たちが、四方八方から飛んできているのです。空一面が割り箸で覆われて暗くなりました。地面に降りた割り箸たちは互いにくっつき合って、見る見るうちに大きな木になりました。大きな木がここにもあそこにもどんどん生えて、パリツは大森林におおわれました。さっきまで溶岩で覆われて草も生えていなかったのが嘘のようです。大森林からは鳥の声が聞こえ、動物が駆けているのが見えます。
ヒトシが絶句してその様子を見守っていると、頭の中でナーシャが語りかけてきました。
「ありがとうヒトシ。本当にありがとう。これからも割り箸を大切に使ってください」


目覚まし時計の音でヒトシが飛び起きると、そこはベッドのうえでした。「ゆ・・め・・・? だよなあ」
と部屋の中を見回すと、昨日完成したはずの割り箸の船が無くなっていました。そして割り箸の船があったところには、葉っぱをかたどったペンダントがそっと置いてありました。


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