見出し画像

人生を変えるとき

20年近く前の今日、元夫の家から引っ越した。離婚して、一人暮らしをするための引っ越しだ。
あの年、12月28日は土曜日だった。前日に仕事を納め、ほぼ徹夜で荷造りし、当日の朝を迎えた。

元夫は、「引っ越し屋さんに荷造り終わってないって言って、延期したら」と電話の子機をなんども差し出した。私は後ろ髪を引かれながらも、無視した。1年も私を存在しないように扱っておいて、今さら何だ。
あんたは、自分のものだと油断しきっていた妻が、自分を捨てていくのが嫌なだけ。私への愛情ではない。あんた自身のためだけだ。

家電のない一人分の荷物の搬出はすぐ終わった。私は振り向かずに家を出て、新居に向かう。家を出るときに最後に見た、玄関のタイルのレンガ色が今も目に焼き付いている。

引っ越し先は古い木造アパート。和室一間に台所、脱衣場のない風呂場、和式トイレ。朝日の入る窓、裏は雑木林。
部屋はどんどん段ボール箱で埋まっていった。あっという間に荷物の搬入を終えて、引っ越し業者さんは帰っていた。

急にしんとした部屋で、段ボールに囲まれ、私は何を思っていたのだろうか。

夫のモラハラに疲れ果て、すんでのところで自殺を思いとどまり、この部屋に逃げてきた。
私が命を捨てるくらいなら、こいつを捨てよう、と心を決めた。そしてすぐ部屋を探して、生きるためにここに来た。
ここには孤独と、淋しさと、安心と、自由があった。

テレビも冷蔵庫もレンジもエアコンもない部屋の、冷たくて澄んだ空気。
とりあえずコタツをセットし、その中に潜り込む。お湯を沸かす気力もなく、コタツの中で丸まっていた。流れる涙は、安堵か、失敗したという痛みか、一人になった自分の重さのせいか。

やがて日が傾き、薄暗くなってきた。とりあえずカーテンをとりつけた。
夜になって友人たちがやってきてくれた。お持たせのチーズケーキ、紙コップの紅茶を囲んで会話がはずんだ。この時間に本当に救われた。誰かと会話をして、笑うこと。当たり前のはずなのに、ここ数か月忘れていたことだった。話しながら、ぺったんこになっていた心が息を吹き返すのが分かった。


あれから20年、ふたたび私は引っ越しをする。今度は二人分の荷物を二人の部屋へ。新しくて広くて暖かい部屋へ。

幸せになるために、一人きりで引っ越してきた。そして幸せになって、二人で引っ越す。幸せでいつづけるために、もっと幸せになるために。

引っ越しは人生の節目。スタートだ。自分で決めたスタート。未来を明るくするために、引っ越す。今度は初めてのことだらけだけど、勇気をもって、間もなく一歩を踏み出す。
怖いのは誰も同じ。でも私は前に行く。

お読みくださりありがとうございます。これからも私独自の言葉を紡いでいきますので、見守ってくださると嬉しいです。 サポートでいただいたお金で花を買って、心の栄養補給をします。