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ショートショート。のようなもの#15『イルの実』

「先輩!えらいことですよ!どうしましょ!?まだ“イルの実”が生ってないですよ!もう12月やって言うのに…今年まだ、一つも“イルの実”が…」


─毎年、この地域では冬になると“イル”と呼ばれる不思議な樹に“イルの実”というキレイに光る実が生る。
 新春から晩秋までの11ヶ月間、街を歩く人々の活気やエネルギーを養分として、少しづつ吸収して生きているこの樹は、一年の最後に、街の人々への恩返しを込めて幻想的な“イルの実”を実らせる。
 そんな不思議な樹が、街の大動脈に街路樹として真ーっすぐに並んでいるのである。
 そして、それを眺めた街の人々は、各々が物想いに耽り、一年を振り返り、充電をして、また次の年に活気ある街を作り“イル”に養分を返すのだ。


 しかし、そんな“イル”の樹が今年は元気がなく、実が生らないという事態に陥った。
 それもそのはず、今年は謎の疫病が大流行し、街から人々がいなくなったのだ…。


 “イル”を管理している団体は焦った。

「街のみんなの楽しみまでもが、奪われてまうがな…」

 未曽有の事態をそのまま、見過ごすわけにはいかない。

 イル保存団体は、何とかならないかと、過去の資料を読み漁り、先人たちを訪ねあれこれ聞いてみたり、一丸となり、とにかく、街中を走り回った。

 それでも、答えが見つからず、さらに足を伸ばし世界中の植物学者や生物学者、LEDを製造する大手企業にも相談を持ちかけてみた。

 何しろ時間がないのだ。

「…12月24日には、何としても実らせたい!」

 団体は、寝食を忘れて奔走した。


 しかし、どんな偉い学者に問うてみても、答えはみつからなかった。

 

─そして、ついに迎えた12月24日の夜。


 団体のリーダーが、「もう、あかんか…。」

 と、涙を流し、諦めかけたそのとき、一つの“イル”の樹がチカチカッと瞬きをするように小さな“イルの蕾”を芽吹かせた。

 そこにいた誰もが息を飲んで、見守った。

 すると、そのひとつの蕾を皮切りに、大動脈に生えている全ての“イル”が次々に命を吹き返して、チカチカ…チカチカ…と“イルの実”が、まるで光の波のように輝きを放ちながら、うねった。

 まさに、絶景だった。 

 皆、言葉を失い、見惚れ、時を忘れ、うっとりとした…。

********

 この奇跡が起きた裏では、みんなの協力があった。
 イル保存団体の働きに感化された市民たち。さらには全世界の人々も“イルの実”ために何かできることはないか?と、SNSで発信したり精力的に動いてくれていたのだ。

 冬だと言うのに、“みんな”が汗水を垂らして働きかけ、躍起になった。

 その世界中の人々の、途轍もない活力やエネルギーが“イル”の樹の養分となり見事な“イルの実”を実らせることが出来たのだ。


 だから、この年の“イルの実”は燃え盛らんばかりに強く、眩い光を放ち、街の人々を存分に魅了した。

 又、SNSを通じて世界中の人々へ、その様子は届けられ、皆が幻想的な“イルの実”に心を奪われ、大切なヒトを想い、物想いに耽った─。


 そして、その次の年…。
 

 “世界は、活力を取り戻した”。

「今年も、また、キレ~イな“イルの実”が見られるわ」

                 ~Fin~






 



 
 

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