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ショートショート。のようなもの#37『骨焚き』

 目の前に立ち昇る煙は、猿の形をしていた。
 他にも、鹿や猪、鳥など動物の形をした煙がもくもくと闇夜の川原に立ち込める。
 月明かりに照らされながら、敷き詰められた砂利の上で燃え盛る数々の焚き火は、とても幻想的で、それでいて何とも言えない不気味さがある──。

 ここは、とある山奥の村にあるキャンプ場。
 私は、大学時代の友人と短い夏休みの休暇をのんびりと過ごそうと思い、ここへ来た。友人とは現地集合だ。
 昼過ぎに到着して、お互い久々の再会に胸を弾ませながら私たちは、川遊びやハイキングなどをして一頻り自然を満喫した。
 そのあとは、二人でカレーを作り懐かしい大学時代の思い出話に花を咲かせながら舌鼓を打った。彼は、何故か終始ふわふわしているように思えた。
 
 食べ終わった食器の後片付けをしようと、腰を上げた瞬間に少し離れたところの焚き火から、奇妙な形の煙が上がっているのが目に止まった。
 私は、何かに吸い寄せられるかのように、そちらのへと近づいていった。
 すると、そこには、川原一面に無数の焚き火がめらめらと燃え盛っていた。
 数人の村人らしき人が、次々に薪をくべている。
 不思議なのは、その焚き火から立ち昇る煙が全て動物の形をしていることだ。それに、妙な臭いが鼻腔の奥を刺してくる。
「これは一体…?」
 私が、呆気にとられていると1人の老婆が近づいて来て声をかけた。
「これは、〝骨焚き〟です。毎年、お盆の時期になると我が村で行われる儀式なんですがね。その年に、亡くなった生き物の骨を、この川原で焚き火のように焼いて成仏してやるんです。すると、不思議と発する煙がその動物の造形となり昇天してゆく。そうして供養してやるんですね」
「はぁ、なるほど…不思議な儀式ですね…」
 私が、辺りを見回すと猿や鹿や猪など…ほとんどの煙がこの辺りの森に棲んでいる動物らしかった。
 ふと、少し離れたところにポツンとある焚き火に目が止まった。
 その骨焚きはどことなく、私の〝友人〟に似通っていたのである。
 近づいてまじまじと見つめると、それは明らかに先程ここで合流した、私の友人の姿をしていたのだ。
 私が、妙な焦燥感に駆られていると、再び老婆が声を落とした。
「この方は、ちょうど一年くらい前に、ここで不慮の事故で命を落とされた方です。大雨で増水した川の濁流に飲み込まれて、懸命の捜索の末に下流で発見されました。が、そのときには、既に白骨化しておりました。だから、こうして、この村の儀式に習って供養させて頂いておるのでございます」
 その言葉を聞いて、私はハッとした。
「…そうか、そういえば、私は、気がついたら1人でここへ来ていた。白骨化した友人が発見され、このような骨焚きが行われるとの知らせを受けて…。大学時代から毎年二人で来ていたキャンプ場。ここでちょうど一年前に事故が起きた。だから、どのような形でも彼に会えるならと思いここへ来た。そして、あの日と同じように、私は、焼かれて煙となった彼と一日中過ごしていたのだった。久々の再会を噛み締めながら…」
 そんな空想に耽っていると、時間というものはとても残酷で、目の前の炎が少しづつ小さくなっていく…。
 友人は、闇夜に飲み込まれるかのように、ぼんやりと薄らいでいく…。
 骨が、徐々に灰になって風に飛ばされていく…。
「今まで、ありがとう」
 最後に、そう一言つぶやくと、真っ黒な空からは、ポツリ…ポツリ…と雨が降り出した。
 そして、しばらくすると、私の足元にある骨焚きの炎が「ジュッ」と、静かに音を立てて消えてしまった。 私の姿と共に…。


               ~Fin~



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