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ショートショート。のようなもの#3『ドリンクばぁ』

「これが…“ドリンクバー”?、何かの間違いですよね?だってこれ、どっからどう見てもただの“おばあちゃん”じゃないですか」

 私がアレとの出会ったのは、ちょうど二週間程前のアルバイト先でのことだった…。

 開店前のあいさつで、店長が口を開いた。
「みんな、おはよう。我々、このファミレスもついに、ドリンクバーを導入しようと思う。いつも閑古鳥が鳴いてる店内、流行っている他店と何が違う?一年間に及ぶ調査をした結果、ついに尻尾を掴んだのだ。ファミレスの代名詞でもあるはずのドリンクバーがうちにはなかった。まさに灯台下暗し。よって、本日から、満を持してドリンクバーの導入に踏み切った」
「遅いだろ」みんなの顔にそう書いてあった。パートのおばちゃん、夢追うバンドマン、日頃の生活や人生観は違えど、このときだけは満場一致で、そう顔に書いてあった。

 依然として堂々たる口ぶりで
「では、早速、ドリンクバーに入ってもらう」
「入ってもらう??」
「はい、どうぞ。」

 排気口や室外機のモワッとした匂いのする裏口の従業員入り口が、ガチャッと開いて、そこから入ってきたのがアレだった。

そう“おばあちゃん”。

 よたよたとしながら、巾着袋を片手に、ぽたぽた焼の絵のようなモノがこちらに向かって歩いてくる
「はいはい~、どうも~、みなさんお初にお目にかかります。あたしゃ、ドリンクばぁでございます」

…みんな何が起こってるか理解が追いつかない。
徘徊した老人が迷い込んできたのか?新しいパートさんか?誰かの祖母なのか?考えても答えは出そうにない。

すると店長が
「まぁそういうことだ。」
「どういうことですか?」
思わず、私も口にした。
「だから、今、説明があっただろ?これがうちに設置するドリンクバー」
「いや、ただのおばあちゃんじゃないですか?意味がわからないんですけど」

 一連の会話を聞いたおばあちゃんが諭すように言った。
「ただのおばあちゃんじゃないですよ。わたしゃ、ドリンクばぁです。あなた方が一般的に想像するドリンクバーとは、少し違うかもしれませんが。わたしゃ、ドリンクをお出しするお婆。つまり“ドリンクばぁ”でございます」
「え?あなたがドリンクを出してくれるんですか?作って?つまり添加物だらけの市販のシロップを使うのではなく、果物やなんやで手作りのドリンクを?」
「まぁまぁそんなところですかね。百聞は一見にしかずと申します。それでは、早速、お出ししますよ。何かお好きなドリンクを仰ってください」
「…えーっと。じゃあ、ウーロン茶を頂きましょかね…」
「はいはい、かしこまりました。それでは、準備致しますよ。…はいはいはい…よいしょっと!」
「ちょっと!ちょっと!ちょっと!なにしてるんですか?」
 そのおばあちゃんはヨレヨレのシャツのボタンを一気に弾き飛ばしたかと思うと、いきなり、ベローンと垂れたおっぱいを放り出したのだ。
 二枚のナンがそこに吊されているようだ。

「なにしてるんですか?」
「はい?ですからドリンクをお出しするのでございますよ。よいしょっと」
 巾着袋からお茶っ葉を取り出すと、右お乳の上部をカパッと外し、お茶っ葉をサラサラサラッと注いでいく。
 そして、ペットボトルの水を少し入れると、再びフタをして、いや、お乳を元に戻して少し振った。

「まさか…」
「いきますよ~。」

ビュー!ビュー!ビュー!ビュー!

 お乳から噴射されたウーロン茶が、僕の顔にかかった。
「あー、すみません、すみません。コップを入れたほうがようございましたかね?直飲みは具合悪ぅございましたか?」
 いや、そういう問題ではない。今、何が起こったんだ。おっぱいが開いて、材料を投入して、ドリンクが乳首から噴射した。一体なにが起こったんだ。

 その様子を黙って見ていた店長が
「ま、そういうことだ。」
「だから、どういうことなんですか」

 どうやら、詳しくはわからないが、結局のところ、そういう機械でありおばあちゃんでもあるモノらしい。
 一般的なドリンクバーの機械と違い、安く済み、無機質な味でなく、おばあちゃん独特の懐かしい味が魅力だそうだ。
 そして、僕は、このドリンクばぁのサポート役という不名誉な役割に任命されてしまった。

 何もかもが煮え切らないまま、ボーッとしていると、それじゃあ店を開けるぞ!という店長の声が店内に響いた。
 しばらくして、カップルや家族連れ、学生や営業マンなどのお客で、いつも以上に店内は賑わい始めた。
 それを、店内の端のほうに設置されたドリンクばぁの隣で見ていた。もっともドリンクばぁ自身はパーティション越しにチラチラと見ているだけだ。なぜなら、あんなドリンクの抽出方法をお客様にお見せするわけにはいかないので、パーティションの奥に隠しているのだ。

 気がついたら、少年がそこに立っていた。オレンジジュースがほしいそうだ。
「ドリンクばぁさん。オレンジジュースですって」「かしこまりました。」
 例によってお乳のフタを開け、今度はオレンジを丸ごと、3つ放り込んだ。
 大きなみたらし団子のようになったお乳をドリンクばぁさんは搾り出した。

「うーん!うーん!あ~ん!あ~ん!…ダメだ、痛い。うーん!うーん!あ~ん!…ちょっとサポート役さん、見てないで手伝ってくださいな。一緒に搾ってくださ~い」
「はい?」
 私は、妙な気分になりながら、言われるがままドリンクばぁの背後に回り両手を差し出し、映画ゴーストの名シーンのように、後ろからお乳を揉み手伝った。
「あ~、いい。上手、上手。ええあんばいです~!」

ビュー!ビュー!ビュー!ビュー!

「出ました。」
 
 グラスを受け取り、少年に渡そうとしたが、生暖かかったので、沢山めに氷を入れて手渡した。少年がどんな表情で、おばあちゃんのお乳から出たオレンジジュースを飲んでいたかは、とても見る勇気がなかった。

 その後、同じ要領で、カルピスやコーヒーも注いでいった。コーヒーに関しては、ラテアート、つまり表面を絵を描くという妙技まで見せてくれた。
 ただ、乳首でミルクを出しながら描くので、乳首をヤケドしていたが、それでもにっこりと微笑んで満足そうだった。
 でも、どうせ描くならネコやクマ、ウサギみたいなかわいい動物を描けばいいのに。
 “与謝野晶子”をチョイスする辺りが、おばあちゃんだ。

「コーラをください」イケメンサラリーマンは言った。
「コーラです。お願いします」
「いい声でしたね。色気のある。」
「それはどうでもいいですから。コーラお願いします」
 お乳を開けて、材料を投入している。
 そして、ドリンクばぁは搾り出す前に、チラッとパーティション越しにお客の顔を確認した。どうしても、イケメンボイスの正体を知りたかったようだ。女性というのはいくつになっても女性だ。

「まぁ~、なんてイケメンでしょ!わたしゃ久々にこんな男前見ましたよ~、あ~!あ~!、えらいことだ~!体が火照ってきちゃう…ダメよ、コーラ出さないといけないんだから、火照ったらコーラが出なくなっちゃう!コーラ!コーラを搾り出すの!あっはぁ~ん!火照っちゃダメ~!」
「落ち着いてください」
「あ~ん!あ~ん!もうダメ~!」

ビュー!ビュー!ビュー!ビュー!

「あっはぁ~ん…!ダメ!体が火照ってウォッカが出ちゃう。」
「なにしてるんですか。」
 私は、仕方なくこっそりバイトの休憩室から拝借してきたコーラをグラスに注いで手渡した。

 あくびをしながら、ドリンクばぁは言った
「それでは、わたしゃそろそろ上がらせてもらいます」
「え?早いですよ。まだダメですよ、がんばってもらわないと。17時に出勤して、まだ30分しか経ってないでしょ」
「もうこの歳ですから、眠くなるんです」
 仕方なく、私は、休憩室へ案内した。
「それじゃあここで、しばらく休んでもらって、初日ですから帰ってもらってもいいですけど」
「そうですか。それではお言葉に甘えまして。ただ、お乳の後片付けをしてもらわないと帰れないんです。キレイ洗っておかないと、カビが生えたりしますからね」
「それは自分でしてくださいよ」
「サポート役さんでしょ?あなたの役割は、わたしの仕事はお乳からドリンクを出すこと」
 また、私は言われるがままドリンクばぁのお乳をサッと取り外し、洗剤をつけたスポンジでお乳の内側から洗い始めた。
 どうやら、取り外しても神経は連動しているらしく、こっちが洗っている間も、ドリンクばぁは
“はぁ…はぁ…。あ~ん、気持ちいい~”と吐息を漏らしていた。
「はぁ…はぁ…。乳首のところを細かい汚れが溜まりやすいから、爪楊枝でキレイにしてちょうだいね」
 言われた通りに、爪楊枝で乳首のところに溜まっているヌメヌメのモノをツンツン、ツンツンとほじくり出した。
 これが相当の快感だったとみえて、ドリンクばぁは悶絶しながら「あーーーーーん!キターーーーーー!!」

 ブシューーーーーーーー!!!!

 両乳からウォッカが吹き出した。

 その後、ウォッカびたしになった休憩室に、ドリンクばぁの旦那が迎えにきて“わし以外の男に、お乳を洗わせよってー!バカもんがー!”とかヤキモチをやいたりして、私からお乳を奪い取ろうとしたが、私も明日の営業に差し障りがあるといけないので意地でも渡すまいと、お乳の引っ張り合いをした。ような気がするが、何しろウォッカまみれになっていたもので、記憶が曖昧だ。

 当然これでは、お店に置いておくわけにもいかず、さすがに店長も、ドリンクばぁをクビにして店から追い出した。

─それから、しばらく経って今では、店には一般的なドリンクバーの機械が納品され、店も賑わいをみせている。
 やっぱりドリンクバーはこうでなくっちゃ。そんなことを思いながら、アルバイトの帰りに、他店のファミレスで食事をとりコーヒーを飲みながら懐かしんでいた。
 一人暮らしの私にとって、ファミレスは本当に重宝する。
 なんてったってドリンクバーはもちろんのこと、栄養が偏りがちな食生活で、野菜も食べ放題のサラダバーもあるのだから。

 私は、席を立ってサラダバーコーナーらしきところに辿り着いたが、次の瞬間、我が目を疑った。
 そこには、何やら怪しいパーティションがそびえ立っていたのだ…。


                  ~Fin~

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