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わが家のサンタの終わり方


何でもかんでも遺伝のせいにするのはちょっと違うと思うけれど、でもドジだけは、おっちょこちょいなところだけは、母からの遺伝のせいにさせて欲しい。

私はこれまで、幾度となくドジを繰り返してきた。そのおかげか、小さなものであれば、1秒くらいで脳を切り替えることができるようになった。

例えば、何かをこぼす。
うわ……やっちまった。……よし、拭こう。

以前はその都度ガックリと気を落としていたけれど、いつ頃からか、悲しさやショック、反省という回路を通らずに、淡々と次へ行けるようになっていた。進化というより退化なのかもしれないけれど、『続けることで見えてくるものがある』という言葉を、身をもって実感している。


それでもやっぱり、記憶に残る失敗もある。

往復の航空券を取るはずが、行きを2枚予約していたとか。復路の搭乗直前それに気づき、全額支払って航空券を買った。あれは財布的にもショックだった。


夫が誕生日に連れて行ってくれた、よさげなホテルの朝食ビュッフェでのことも忘れられない。

朝早く会場に行ったので、一番乗りだった。綺麗に並んだジュースたち。ああ、どれもこれも美味しそう。おしゃれな野菜ジュースを手に取り、注ごうとするが出てこない。あれ? あれ? どうやら粘度が高いようだ。片手にコップ、片手にジャーを持ち、トントンと何度も傾ける。と、突然、ジャーのフタがバカッとはずれた。中のジュースが自在に飛び散り、カトラリーや食器など、あたり一面緑色。飛散。悲惨。とにかく残念すぎた。
それまでにこやかだった従業員さんの、大きなため息が聞こえる。それから食べた朝食の味は、まったく憶えていない。


つい先日は、義母の誕生日に送ったお花が、当日、遠く離れたわが家に届いた。ピンポーン! ま、まさか。これは今日義母に届くはずの……。インターホンごしに青ざめた。変な汗がいっぱい出た。動揺のあまり配達員さんから普通に受け取り、綺麗にアレンジされたピンクや赤の花々をしばらく呆然と眺めた。


***

クリスマスの話だった。

あれは忘れもしない、私が小学3年生の時だ。当時の私は、サンタさんの存在を1ミリも疑ったことのない少女だった。迎えたクリスマス。わくわくを胸にベッドに入った。

深い眠りの後、「ドカッ」という音で目が覚めた。

うっすら目を開けると、ドアのあたりが少し明るい。母らしき人物が慌ててしゃがみ、何かを拾っている。あ、お母さんか……。ぼんやりとした意識でいると、母はなぜか、そーっと足音を忍ばせながら近づいてきた。異様だ。私はすぐに目をつぶった。

母は私の枕元にガサッと何かを置き、また忍び足で部屋を出ていった。

部屋が真っ暗になると、私はすぐさま母が置いたものに手を触れた。
リボンも付いているようだった。ん、これはプレゼント……。なの?

でもサンタを信じ込んだ9歳少女の思考回路は、ちょっと違った。
「ああ! なるほど、そうか! 今年はいい子にしていたから、お母さんからもサンタさんからも、もらえるんだ! 2個も!!」

何回か枕元を手で探ったが、プレゼントはまだ1個しかない。窓の外を見た。雪がちらついている。まだかなあ、サンタさん。まだみたいだなあ。

そして、サンタさんが入りやすいように、いつも寝る時は閉めている窓の鍵を開けて、眠りについた。


朝がきた。枕元にプレゼントは1個しかなかった。

もらえたのは嬉しかったけど、やっぱり引っ掛かった。これは母からのプレゼントのはずなんだけど。

その後、少女は考えた。
「そうか! 今年のサンタさんは来る日が違うんだ! ちょっと異例で、25日に届けてくれるんだ! クリスマスって今日だもん! カレンダーにも書いてある」
そう思い込み、25日の夜も窓の鍵を開けて寝た。


翌朝、枕元には何も起こっていなかった。

軽い絶望を抱え、ふらふらとリビングに行く。
そしてキッチンにいる母に、そっと聞いた。

「……ねえ、お母さん。お母さんプレゼントくれた?」

卵焼きを返していた母が、バッと勢いよくこちらを見た。目がまんまるだった。母の返事よりも先に、後ろから大きな声が飛んできた。

「わーっ! それ言うなよーっ!!」
「もう最悪やあ! もらえなくなる~」

兄二人の悲壮な声が、私にふりかかる。
けっこう本気で怒っているようだった。

何か悪いこと言った? え? どこが?  
その時点でも、少女はピンと来ていなかった。

サンタさんが今年は来なかった。母がクリスマスプレゼントをくれた。
そのふたつの事実が、頭の中でぐるぐると回るだけだった。

母が、済まなさそうに笑いながら言う。
「なんだ、お兄ちゃんたち知らないふりしてたのか! プレゼント落としちゃって、お母さんドジサンタだったよ。ごめんね。えへへ」

そこで初めて、母や父がサンタクロースだったことを知ったのだった。


***

こうして、わが家のサンタクロース伝説は終わった。それぞれの家にそれぞれの、サンタの終わり方があるんだろうなと想像する。

私もドジをしっかりと引き継いでいるので、いつボロがでるか気が気ではない。息子なんかもうすでに、気づいているんじゃないかと不安になる時もある。

でもやっぱり、「クリスマスまであと何日だあ!」と心待ちにする姿を見ると、ほっこりする。子どもの信じる気持ちは、いつだってキラキラだ。

いつのまにか、あんなにも純粋に何かを信じることはできなくなってしまうけど、でもだからこそ、せめてものこの時間を大切にしたい。

子どもだったあの頃のことを思い出しながら。








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