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地図アプリで犯罪多発地帯を表示することへのジレンマ

一向に市内の治安状況の改善が見られないリオデジャネイロでは、Google MapsやGoogleが運営するナビアプリWaze上で、犯罪行為が多発する危険地帯の表示を義務化する法令を今年に入って市が制定し、議論を呼んでいます。

実際にリオ五輪前にも、Wazeに目的地として入力した道が実は別の市にある同名の道で、それも危険地帯であったために、知らずに入り込んでしまった運転手が殺害されるという痛ましい事件が起きていました。

リオやその周辺、それも主にスラム街では、警察の影響力が及ばず、そこを縄張りとする”民間組織”が自警団を組んでいる地区があります

そこに立ち入るには一定のルールを守らなければいけないことがあり、例えば、車で進入する時には入口の道で窓を開け、誰が立ち入ろうとしているか"警備員"に顔を見えるというものがあります。これは、自身が警察や敵対組織ではないということを明らかにするためです。そうでなければ、最悪の場合には(そして実際に起きたケースでは)その場で射殺されることもあります。不用意に知らない地域に立ち入らないほうがよいというアドバイスは、こうした背景から来ています。

そうした地区に立ち入るという話でなくても、例えば強盗事件が頻発する通りなどもあり、こうした情報は地元の人の頭の中にはあるかもしれませんが、普段街中を歩いていても、親切丁寧に「この先危険!」とでも看板で示されているわけではありません。

危険マップ作りにはニーズがある。しかし・・・

過去に、リスクマネジメント業務の一環で、ブラジルの主要都市の危険地帯マップを作れないかという相談を受けたことがあります。

しかしマップを作成しようにも、被害届のデータを保有する州の警察組織である文民警察は、全体統計として発表することはあるものの、個別の事件のデータはほとんど公開しません。すると一番頼りになるのは地元の人の肌感覚になってしまいます。日頃から犯罪のニュースを見聞きしたり、誰がどこでどういう被害にあったという情報を、彼らは日常会話の中で共有しているからです。

私も、ブラジル国内の知らない町に出かけていくと、ホテルのフロントや道すがらで話をする人から情報を仕入れることがあります。こうした情報が共有されていれば便利なのに ── リオ市は今のあまりの状況に耐えかねて、いよいよITツール上で実現しようとしています。

警察が「この地域は危ない」と公言することの影響

先に述べたリスクマネジメント業務の話で行くと、こうした情報が一般に公開されないのは、そうした情報が公開されるとその地区にある不動産物件の価格に反映されるから、というのが理由の1つにあることが分かりました。

仮に警察が危険マップを発表したら、その地区の治安の評判にお墨付きを与えてしまいます。警察は公的機関ですから、こうした情報をむやみに公開することは政治的に避けられるというわけですね。

危険地帯を地図アプリで示すのは、外から訪ねていく人間には親切ですが、その地区に与える経済的な影響も含めて慎重に判断されなければならない話にもなってきます。

どこからが危ないのか?

それとリオの法令の話を耳にして真っ先に考えたのは、何をもって危険地帯とするのか?ということでした。

次の記事でも指摘されていますが、この法令では危険地帯の定義が曖昧であり、仮に「殺人事件が年間○件以上である地区は危険である」と定義したとして、では件数がそれ以下であれば安全と言えるのか?という話になります。強盗事件はどうなる?ポイント化するのでしょうか。

その点の詳細は法令には規定がないようです。

また、実際に危険地帯が地図アプリで表示されるようになったとして、それが表示されていないところは絶対安全なのでしょうか。地図アプリ上でに危険と示されていなかったから訪れたのに、実際に行ったら危険な目に遭った。それは地図アプリの責任だ、ともなりかねません。

このように、非常にデリケートな問題になってしまいます。

この記事では、地図アプリを運営する数社に取材を試みているものの、いずれもコメントは差し控える、ということだったようです。

路地毎に星評価をつけてみては

以下はここまで書いてみての個人的な思いつきですが、今やGoogle Maps上では、レストランだけでなくあらゆる商業施設の評価やレビューが付けられています。これを、路地単位に展開したらどんなことが起こるのでしょう?

警察が公表するデータに頼るのではなく、市民の情報を共有するわけです。

もちろん正確な情報が掲載されない恐れもありますが、今ある技術で地元住人の頭の中にある情報を可視化させるのには、もってこいの方法でしょう。もしかすると、路地単位で評価を上げようという住民運動が起こるかもしれません。隣人の顔の見えるコミュニティー作りの一助にもなるかも。

しかし、道をまたぐ度にいちいちその路地の評判を気にしながら歩いていくのも面倒なものです。そのためにスマホを取り出して道端で立ち止まっていたら、ブラジルの都市部ならそれだけで強盗のカモになりかねません。

それに評価される側にしても、路地の評判を気にしない住人と、気にする住人の間で軋轢も生まれそうです。公的機関のデータに頼らない方法にしてみたところで、地図アプリを運営する側としてはおいそれと実現できることではない事情もありそうです。

ただリオで行政が動いた以上、このような展開ももしかすると考えられるのかもしれません。ブラジルならではのクリエイティブな解決策が誕生する契機となるかも。

もちろん最終的には、治安状況が改善するのが一番の解決策なのですけどね。

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