見出し画像

さよならマイベストチェア

10年ぶりに、デスクチェアを買い替えることにした。


20代後半に差し掛かろうとしている頃。私は東京での仕事先が決まると、何かトラブルが生じても困らないよう、すぐに緻密なスケジュールを立てては、念願であった一人暮らしする準備を進めていた。

ネット通販を駆使し、冷蔵庫や洗濯機といった白物家電をはじめ、机や食器棚、それにタンスなどの家具を順当に揃えていく。その中にはかつて弟が、短い期間での一人暮らしに使っていた、いわゆる「お古」のものも少なからず混じっていた。

当時の私のPCの事情は、この頃からすでに2台持ちであったため、最低でもオフィス並みの環境を整えるのは必須であった。マウスやキーボードなどの小物に、それにディスプレイといった、ある程度持ち運べるものにおいては、できる限り実家から用意してきた。

机自体は、さすがに実家から引っ張ってくるのは色々と厳しいため、やむなく新しいものを引っ越し先で調達した。しかしデスクチェアにおいては、一定の大きさの事情があるにも関わらず、無理やり引っ張ってきたのだった。


元々そのデスクチェアは、スポーツカーのシートを彷彿とさせるような形に惹かれ、私が一人暮らしを始める前の年に購入したものである。折角気に入って手に入れたものを、実家に置いたままにしておくのは心苦しいと悩んでいた。

そこで父に手伝ってもらい、大まかなパーツを分解して緩衝材で包み、宅急便を使って送った憶えがある。その時の父曰く「めちゃくちゃ苦労した」とのことであった。父も父で、自分の仕事に日々忙殺されているにも関わらず、申し訳ないことをしてしまったと思う。

そうした出来事もあって久しいと感じながら、まさか10年も渡って一度も買い替えもせず、そのまま使い続けることは当時思いもしなかったことだろう。随所で、ほとんど座る機会がないというブランクな期間があったにせよ、ここまで持ち堪えてくれたことには、やはり感謝せねばなるまい。



東京の自宅に戻ってきてからここ直近で、確実に座る頻度は多くなってきている。デスクチェア自体の経年劣化の事情もあり、気になる箇所もますます増えていた。

全体的に見ても表面にひび割れや繊維のようなものが、半年前と比べてかなり目立つようになってきている。座面についても、しわが目立つほどだいぶくたびれていた。

極め付けには、座っている最中でも多少動かしただけで、咄嗟に快くないと感じるぐらいの軋む音が目立ってきたのである。もしもこのまま使い倒したら、思いがけないタイミングで根元が折れてしまう恐れがあると、密かに警戒していた。

そろそろ潮時なのかもしれない。10年もの長い間使ってきたのだから、元以上の元は嫌という程に取れたはずだ。名残惜しいと思うが、ここで一旦区切りを付けて、新調することを検討しなければならない。


そして先日、新しいデスクチェアを注文したのである。Amazonではプライムデーを開催しており、買い替えるならこのタイミングしかないと決めていた。

こうして文章にしている間にも、いよいよ「その時」が迫ってきている。新しい物がいったいどんなかんじなのか待ち遠しいと思う反面、これまで相棒のようにずっと連れ添ってきた既存のチェアとの別れが惜しいと思っている。

初めて買った時には、まったく耳にすることのなかった「ギーギー」と軋む音を鳴らし、思いを馳せながら今一度感触を楽しむのであった。

この記事が参加している募集

最後までお読みいただきありがとうございました。 またお会いできる日を楽しみにしています!