風の強い日のくだらない話
「ただいま」
「おかえり、今日も風強かったね」
「うん。そっちは道中でおじいさんかおばあさん飛んでいなかった?」
「飛んでた飛んでた。ついでに誰かさんのカツラも舞っていたよ」
「うわーお、それはお目にかかりたかったなぁ…」
我が家では、外が一日中風が強いなどといった大荒れな天気に見舞われると、決まって前述のような与太話が繰り広げられていた。
ちなみに誤解を恐れずに言えば、この日…もとい風が強い日でも外ではおじいさんもおばあさんも誰一人、宙を舞っているところを見たことがいない。あまつさえ、カツラが飛んでいるところなんて一度も目撃したこともない。
仮にもしそういった光景を目の当たりにしたら、テレビを中心としたメディアなどで相当なまでに騒がれることになるだろう。
それどころか下手すれば「風の強い日に外に出るのはなるべく控えましょう」という呼びかけが、全国的に広がってしまうほどの一大事に発展(?)しかねない。
こんなふうにしてツッコミ担当が不在の中、高田純次ばりの適当にして阿呆な会話で花を咲かせている。全国のおじいさんおばあさん、うちの家族が馬鹿げた話を広めてしまって本当にごめんなさい…。
そもそもこの与太話の発端である父は、昔から強風もしくは台風が直撃する予報を察知すると、職場から少し離れたところにある海岸付近の高台までわざわざ車で向かっては、海や波の荒れ具合を確かめに行っている。
側からみれば逞しいと云うべきか、はたまた命知らずだと呆れるべきなのか…。日の出より少し早い時間帯に起きて外に出かけることが多かったため、父以外に就寝中である家族の中で制止できるのは一人もいない。
朝方になり、まるで何事もなかったように意気揚々と帰宅してくるので、段々父の行方を心配しなくなっていった。しまいにはこちらから、波がどんな感じで荒れていたのかを聞く始末へと化していくのであった。
そうした一連の流れによる影響が、今でも色濃く残っているのかもしれない。最近では私の勤めている職場で仲の良い先輩ことKさんとは、会社の外で強風に煽られるたびに与太話が繰り広げられていた。
それも観客なる人が不在の中、大して捻りもなく取り止めのない話ばかりである。
「今日も風強いですけど、帽子飛ばされたりしませんか?」
「そうなんだよ。両手で押さえておかないと飛ばされてしまうよ〜」
「じゃあ、ゴム付きの帽子を被るのはどうです?あれなら、そう簡単に飛ばされないですし」
「でもなぁ、それだと子供っぽくみえちゃうんだよねぇ」
「なら、いっそのことヘルメットでいいのでは?なるべく黄色いのを付けて…」
「出荷するだけ作業なのに、何もそこまで慎重にならなくても」
「いやいや、いつどこで何が起こるか分からないんですから、安全第一で業務に励むのは基本ですよ!」
…なんて非常に馬鹿馬鹿しい会話をし続けて、早一年が過ぎた。いつまでもこうしていられたらと思うものの、私が今いる場所を離れるまで残り約二ヶ月を切っている。
やがて他愛のない日常が風に流されることになろうとも、この関係性はいつまでも風に消えないでほしいと願っていたい。
最後までお読みいただきありがとうございました。 またお会いできる日を楽しみにしています!