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やさしい法律講座v58「山口・阿武町誤入金事件の法解釈に瑕疵があり、『罪刑法定主義』(憲法31条)違反にも該当。」

 「山口・阿武町誤入金事件」に一般人として興味と判決に危機感を持っているのは、吾輩だけであろうか。一般人が裁判員制度で裁判員になる可能性は否定できない。同職場の同僚が栽培員に選出されたこともあり、いつ、自分が裁判員にならないとも限らない。そこで独自の法令調査と法解釈の実力を上げるべく努力している次第である。

 吾輩の最終的結論は後述する園田寿甲南大学名誉教授、弁護士『【給付金誤振込み事件】電子計算機使用詐欺罪の適用は疑問だ』と同意見でありこれに尽きる。そして、被告人は無罪であると判断する。 

 
今回の報道記事からやはりマスコミの不勉強さが露呈した部分がある。専門用語の使い方がいい加減である。それは「被告」と「被告人」の違いを理解せずに、堂々と誤表記で報道を繰り返すマスコミの姿勢である。内部で査読ぐらいしたらどうだろうかと憤慨している次第である。まず、その辺の解説から始める。
被告人とは、犯罪の嫌疑を受けて公訴を提起(起訴)された者被告人は、日本を含む英米法系刑事訴訟においては、原告である検察官と並び、その相手方たる当事者として位置付けられている。
なお、被告とは民事裁判において訴えを提起された者のことを指し、「被告人」と「被告」は異なる用語である。

 罪刑法定主義とは、ある行為を犯罪として処罰するためには、立法府が制定する法令において、犯罪とされる行為の内容、及びそれに対して科される刑罰予め明確に規定しておかなければならないとする原則のことをいう。
 そして、拡大解釈による可罰性の拡大非常に謙抑的なものでなければならない。
 刑罰という制裁は、資格を制限したり、犯罪者としての烙印を押されることによって社会的信頼の損失など、非常に強力なものである。
 ですから、何を犯罪とし、本当にその対象刑罰をもって抑止する必要があるのか、という点は慎重に判断しなければならないことになります。
 刑法は権利・自由を奪う非常に強力なものなので、「刑罰はなるべく必要最低限に規定・執行されるべきで、最後の手段でなくてはならない。そのため刑法は補充の形で登場すればよい」という考え方を刑法の謙抑性・補充性という。
また、刑法は重要な法益侵害であっても、網羅的にすべてを刑罰の対象としてはならない、重要な法益を選んで保護しなくてはならない。という考え方を刑法の断片性という。(網羅的になることで刑罰の集中化が起こり、刑事機能のマヒとなりかねない。という実務的な問題もあります)
例えば、通常の債務不履行のようなものは、民事賠償で足り、営業免許の停止や取消しで制裁として足りる場合は、あえて刑罰を科す必要はないという考え方です。また、軽微な道交法違反などの場合の、交通反則金の制度も行政罰による刑事罰の代替の一例です。

電子計算機使用詐欺罪は構成要件の解釈に瑕疵

今回の電子計算機使用詐欺罪で起訴された被告人田中翔について、行為の内容が構成要件に該当する要素を欠いているようにしか思えないのである。自己の準占有下における預金は「不実の電磁的記録」ではなく、「実存する通貨の電磁的記録」であり、準占有の預金は不実の電磁的記録の結果ではなく、誤振込(誤給付)によって発生した預金債券として、実存するのである。誤振込(誤給付)不当利得であるが、不法領得の意思がないので窃盗罪の構成要件該当性の要素に欠けるのである。

電子計算機使用詐欺罪とは、財産権の得喪・変更に係る不実の電磁的記録を作る等の手段により、財産上不法の利益を得ることを内容とする犯罪類型。刑法246条の2に規定されている。
(電子計算機使用詐欺)
第二百四十六条の二
 前条に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。

不実の電磁的記録の作出(前段)人の事務処理に使用する電子計算機(コンピュータ)に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて、財産権の得喪・変更に係る不実の電磁的記録を作る行為

電磁的記録の供用(後段)財産権の得喪・変更に係る虚偽の電磁的記録人の事務処理の用に供する行為、すなわち、内容が虚偽の電磁的記録他人のコンピュータで使用する行為である。

翻って今回の事件における原資は、違法行為によるものではなく、偶然に自分のふところ(預金口座)に入って来たもので、その資金はその者の占有下にある。民法の第703条の不当利得の返還義務が生じているがその原資は犯罪によるものではない。そして、占有権は物に対する事実上の支配という状態そのものに法的保護を与える権利である。
占有権の意義は、近代社会においては自力救済が原則として禁止されるのに対応し、まず事実上の支配状態(占有)に法的保護を与えることで社会秩序を維持するとともに取引の安全を図ること、また、権利の外観を保護することで真の権利者について本権存在の証明の負担から解放する点にある。ある物が窃取あるいは詐取された場合、窃取・詐取した者は所有権がないが占有権を有し、窃取・詐取された者は所有権を有するにもかかわらず占有権がない状態に置かれることになる。
刑法における所有権占有権のどちらを優先するかというと次の条文からも読み取れる。
(他人の占有等に係る自己の財物)第二百四十二条 自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす
これは、自力救済を禁じたものである。 盗まれた財物を実力行使で奪い去ることを禁じている。その財物は元は自分のものでも売買によって私有権が移っている場合なども考えられるので、その時は民事訴訟請求で取り戻す手段がないのである。「占有」で、所有を証明できる最たるものは「通貨(紙幣)」であろう。占有していることが所有の証明であるが、その通貨(紙幣)を自分の所有だといって奪うことは「窃盗罪」に該当する。このときの「占有」の法益は社会秩序であると言って過言ではない。自力救済ではなく、民事訴訟で取り戻すことが社会秩序に叶うのであると昔の立法者が考えたのであろう。
翻って、今回の事件は被告人の犯罪の作為で起こったものでは無く、誤振込の結果である。だから、最初から詐欺・搾取・窃盗などの刑罰の入り込む余地がない。誤振込で増えた残高は預金者の占有下あり、誤振込金を取り返すには民事訴訟請求以外ないのである。
通常の商取引における預金取引内容においては、出入金が繰り返されていて、個別の入金に色がないのでこれが残高から誤振込金と色分けができない。商売をしている口座(当座預金または当座勘定)は頻繁に出し入れが行われて、通常の資金と誤振込金は紐付けできないのが現実である。これに、当座貸越契約をしている口座がマイナス残高の状態に振込まれたら自動的に返済に充当される。このようなときに誤振込があった資金が返済に充当されて回収ができない事態が発生する。もし、被告人がこのような状態であったとしても電子計算機使用詐欺罪を適用するのか? 過去に誤振込された資金が借入金に充当されて、倒産寸前の会社であり、資金回収できなかった事例がある。
もし、彼が有罪になるならば通常の商取引をしている口座に誤振込されて、借入金に自動的に充当された場合も当座勘定の名義人が、電子計算機使用詐欺の罪に問われることになる。それは、理不尽な話である。
今回は、被告の占有下にある預金の処分の行方は信義則に反するものであるが、民法の債権者代位権詐害行為取消権などであくまでも民事訴訟で対処し、刑罰の対象にするべきものではないと考える。
今回は、報道記事から裁判記事を紹介する。なお記事は「被告」を修正せずに掲載しておく。

     皇紀2683年3月2日
     さいたま市桜区
     政治(法律)研究者 田村 司

山口・阿武町誤入金事件、被告側の無罪主張退ける

朝日新聞デジタル   
大藤道矢 太田原奈都乃 大室一也2023年3月1日 10時30分
 全国の耳目を集めた阿武町の誤入金問題に絡み、電子計算機使用詐欺罪に問われた田口翔被告(25)に、懲役3年執行猶予5年の地裁判決が28日に言い渡された。無罪を主張していた被告側は即日控訴した。再発防止に向け「新たな一歩を踏み出す」と宣言した町はこの日、公式なコメントを出さなかった。(大藤道矢、太田原奈都乃、大室一也)

 公判では、田口被告の行為が同罪にあたるのか、が争点になった。地裁が有罪の決め手としたのは、銀行への「告知義務違反」だった。

 同罪の構成要件である電子システムへの「虚偽の情報」について、判決は「正当な権利」がない中での田口被告の出金が、虚偽の情報を与えたことに該当するとの判断を示した。

 正当な権利がないとしたのは、誤って振り込まれた自らに無関係な金と認識していたにもかかわらず、そのことを銀行に知らせず、信義則上の義務に違反した、と認定したためだ。誤振り込みによる預金を窓口で引き出して詐欺罪に問われた2003年の最高裁判決を踏まえた。

 公判で弁護側はこの点について、銀行は誤振り込みの事実を町から伝えられており、「告知義務の前提を欠く」と主張。判例は窓口での払い戻しで、今回のインターネットバンキングでの出金と異なると訴えていたが、判決では退けられた。

 山口地検の和田裕己次席検事は「証拠関係を基に事実認定され、有罪が導かれた」とのコメントを出した。一方、被告弁護人の山田大介弁護士は判決直後に控訴した。会見で「判例を拡張しており、罪の成立範囲を広げるという方向の判決」と批判し、控訴審でも無罪を主張すると話した。

 今回の判決は専門家も注目していた。水野智幸・法政大法科大学院教授(刑事法)は、告知義務違反を理由に「虚偽の情報」にあたるとした点について「見解が分かれるところだが、妥当な判決だと思う」と述べた。
園田寿・甲南大名誉教授(刑法)は「罪の範囲が拡大した『虚偽』について明確に答えた最高裁の判例はなく、最高裁に判断してほしい」と話した。

     ◇

 田口被告は午後3時の開廷の15分ほど前、弁護士らと歩いて地裁に入った。長い髪を後ろで束ね、黒いスーツにネクタイ姿。有罪判決を言い渡された後、被告人席で裁判所の職員から退廷を促されるまで2人の検察官を凝視していた。

 田口被告は昨年8月1日の保釈後、鶏肉とブロッコリーを販売する会社に雇用され、在宅で働いている。同日の夜にツイッターアカウントを開設し「反省し、働き、お金を返済していきます」と投稿。その後も仕事や生活について毎日ツイッターで報告している。

 弁護人によると、田口被告は雇い主が策定した研修プランを受け、業務は日報やリモートワークのシステム上で監督されているという。

 判決を前にした心境について、田口被告は弁護士を通じて「迷惑をかけた方々への謝罪の気持ちを常に思っています。いずれは何か人に手を差し伸べられるような人になりたいと強く感じています」とコメントを出した。

     ◇

 誤入金問題で大きく揺れた阿武町。全国から非難を浴びせられ、職員への根拠のない個人攻撃も受けるほどの騒動を経て、地道に「信頼回復」の道を探り続けてきた。

 町が誤入金のミスを最初に公表したのは昨年4月15日。当初、町幹部は「すぐに返還されると思う」と話していた。しかし、田口被告は「すでに金は動かした」と、町職員の働き掛けを拒んだ。

 予想外の「返還拒否」という事態を町が発表し、県警による逮捕の局面に至ると、事件は連日のように全国で報じられた。

 役場のホームページにはアクセスが集中し、1カ月以上閲覧しづらい状態が続いた。町内外からの電話が鳴りやまず、1日数百本に及ぶことも。その多くが町を非難する内容だった。

 批判は、町職員への個人攻撃にもエスカレートした。「ミスを起こした職員」として、無関係の若手職員の氏名や顔写真がネットに掲載され、中傷の対象になる深刻な問題も起きた。

 町は「情報は誤りで、写真などが出回っている職員は無関係だ」と強調し、花田憲彦町長は「1、2時間の長電話もある。罵詈(ばり)雑言を浴びせられ、職員は疲弊を極めている」と呼びかけをした。

 信頼回復を目指す町は、経緯を検証し、誤入金から5カ月後の昨年9月には再発防止策をまとめた。ミスの原因として、事務の引き継ぎが適切に行われなかった、会計処理全般について取り扱いの慎重さが欠けていた、などを指摘。早めの人事異動の内示、文書による引き継ぎの徹底などの対策を示した。

 また、「いまも使用しているのか」と話題になったフロッピーディスクについては、ヒューマンエラーにつながりかねないとして使用を見直し、電子システムに早期に改めることとした。3月からは、フロッピーからいったんDVDに変更するという。

 花田憲彦町長は、昨年12月の町議会で誤入金問題を振り返り、こう述べた。

 「大きな代償を払う中で、事件に真摯(しんし)に向き合い、再発防止対策について前向きに取り組んでいる。事件を乗り越えて、本来の明るく、元気な阿武町を取り戻して、新たな一歩をしっかりと踏み出す姿を示すことこそが肝要」

 中傷を受けた若手職員は心身の不調を訴え、一時欠勤がちになっていたが、現在は回復し、勤務に復帰しているという。

 28日の地裁判決について町は「町の民事裁判は終わっており刑事裁判は町が告訴しているわけではない」として、コメントをしていない。


誤振込給付金でカジノ 25歳被告に猶予付き有罪判決 山口地裁

2023年2月28日 17時50分

山口県阿武町から誤って振り込まれた給付金を別の口座に振り替えたとして、電子計算機使用詐欺の罪に問われた25歳の被告に対し、山口地方裁判所は「オンラインカジノで遊ぶための犯行で、くむべき点は一切ないが、被害は補填(ほてん)されている」などとして、執行猶予のついた有罪判決を言い渡しました。

阿武町の田口翔被告(25)は、町から振り込まれた国の臨時特別給付金4630万円を、誤って入金されたと知りながら、決済代行業者の口座に振り替えるなどしたとして、電子計算機使用詐欺の罪に問われました。

これまでの裁判で、被告の弁護士は、事実関係に争いはないとした一方で「電子計算機使用詐欺の罪は成立しない」として、無罪を主張していました。

28日の判決で、山口地方裁判所の小松本卓裁判官は「本件の送金行為などは、正当な権利行使とは言えず、電子計算機使用詐欺罪が成立する」と指摘しました。

そのうえで「被害額は非常に多額であり、オンラインカジノで遊ぶための犯行で、くむべき点は一切ない。町の職員の働きかけにも応じず、法規範を軽視する態度も見られ、実刑に処すべき事案だが、被害は補填されていて、違法性は相当程度減少する」として、懲役3年、執行猶予5年の判決を言い渡しました。

判決のあと、田口被告の弁護士は控訴したことを明らかにしました。


4630万円山口県阿武町誤振込事件・田口翔被告(25)に懲役3年執行猶予5年の有罪判決 弁護側は即日控訴

2/28(火) 
山口地裁

山口県阿武町から誤って振り込まれた4630万円を、オンラインカジノの決済代行業者の口座に振り込み不法に利益を得たとされる男に、山口地裁(小松本卓裁判官)は28日、懲役3年執行猶予5年の有罪判決を言い渡しました。この裁判を巡っては、田口被告の行った行為が電子計算機使用詐欺の罪にあたるかどうかが争点になっていて、弁護側は無罪を主張し、検察側は懲役4年6か月を求刑していました。 【写真で見る・田口翔被告に執行猶予付き有罪判決】
田口被告の弁護人によりますと、判決を不服として即日控訴しました。
判決によりますと、田口被告は去年4月、町から振り込まれた4630万円を誤ったものと知りながら、オンラインカジノの決済代行業者の口座に振り替え、不法に利益を得るなどしました。
判決で小松本卓裁判官は、田口被告には誤った振り込みであることを銀行に告知する義務があるが、それに違反していて、正当な権利行使ではないとしました。
また、被害額が多額で、オンラインカジノで遊ぶための犯行に酌むべき点は一切ない。阿武町職員の働きかけにも応じることなく、法規範を軽視する態度もみえて実刑に処すべき事案 と指摘しました。一方で全額が阿武町に補填されていて、被告も反省のことばを述べているなどとして、懲役3年執行猶予5年の有罪判決を言い渡しました。田口被告は、ほとんど動かず前を向いて判決を聞いていました。 田口被告の弁護人は会見で、控訴について「本来の形ではない法律の適用を是正したい」と述べました。 山田大介弁護士 「たとえ執行猶予つき判決だったとはいえ、有罪の判決が出てしまったので、その点については私の力の至らない点があった。本人に申し訳ないと感じておりますし、今後も戦っていこうと思います」 執行猶予のついた判決について、田口被告と社会との関係を取り戻すことにつながるとした上で、控訴審で争う姿勢を見せました。 判決については、争点となっていた「虚偽の情報」について明確な判断がなかったとし、銀行へ告知する義務については拡大解釈されたことから、高裁で議論を深めるべきだとしました。 山田弁護士 「大前提として、彼が今回道徳的に誤った行為をしたことについては本人に反省してもらっています。本来法が予定していない適用のしかたがされているので、こういうおかしなことがあちこちで発生しています。この状態を是正しないといけない」 山田弁護士は、田口被告の行為に電子計算機使用詐欺の罪が適用される限り、罪の成立について争い続ける必要があるとしました。


阿武町誤給付 被告に有罪…山口地裁判決「酌むべき点ない」

2023/03/01 05:00

 山口県阿武町が誤って振り込んだ新型コロナウイルス関連の給付金約4600万円を別の口座に振り替えたなどとして、電子計算機使用詐欺罪に問われた会社員田口翔被告(25)に対し、山口地裁は28日、懲役3年、執行猶予5年(求刑・懲役4年6月)の判決を言い渡した。小松本卓裁判官は、被告は誤って振り込まれたことを銀行側に告知しておらず、「正当な権利行使ではない」と指摘した。

 公判では被告の振り込み依頼などの入力が、同罪の要件であるコンピューターに「虚偽の情報を与える」に当たるかが争点だった。弁護側は事実関係は認めた上で、誤った振り込みでも受取人には口座から出金できる権利があるとした民事訴訟の判例を根拠に、「振り替えは正当で、虚偽の情報は入力していない」などと無罪を主張していた。

 判決は、誤って振り込まれた事情を銀行側に告知しないままの出金は信義則に反するとした刑事事件の判例を基に、インターネットバンキングでも銀行側への告知義務があったと判断。被告は告知せずに振り替えを依頼し、銀行のシステムに虚偽の情報を与えたことになると認めた。

 小松本裁判官は「オンラインカジノで遊ぶためで、経緯に酌むべき点は一切ない」とも指摘。一方、被害額の全額が町に 補填ほてん されたことを踏まえ、執行猶予とした。また、起訴された約4630万円のうち、被告の預金が一部含まれていたとして、被害額は約4620万円と認定した。

 判決後、報道陣の取材に応じた弁護人は「法律を拡大解釈しており、納得できない」などと述べ、即日控訴したと明らかにした。町は「判決についてはコメントしない」としている。

 判決によると、田口被告は昨年4月8~18日、町が4630万円を誤って振り込んだと知りながら銀行側に告知せず、ネットバンキングなどを利用して銀行側のシステムに虚偽の情報を入力し、ほぼ全額をネットカジノの決済代行業者の口座に振り替えるなどした。

行政ミス発端 民事は和解

 今回の事件は行政側のミスが発端だったが、民事上は解決するなど異例の展開をたどった。

 阿武町や判決によると、誤って振り込んだことに気付いた町は、田口被告に連絡を取って謝罪。返還するよう何度も説得したが、被告はネットカジノで使い込んだ。

 町側は返還請求訴訟を起こすとともに、国税徴収法などに基づき、誤給付金が移った決済代行業者などの口座差し押さえに踏み切ったところ、業者側が自主的に返金し、誤給付金4630万円のほぼ全額を回収。田口被告が借金して解決金約350万円を支払ったことで、被告と町側は昨年9月に和解した。

 今回の事件では、業務に不慣れな職員が誤った振込依頼書を作成しており、町は再発防止のため依頼書作成のシステムを変更。業務の引き継ぎを十分に行えるよう、人事異動の内示を早めるなどした。

 判決について、同町の主婦(30歳代)は「町民からすると有罪は当然。望まぬことで町が全国に知れ渡り、残念です」と話した。

阿武町誤振込刑事裁判前に弁護士が会見 裁判で無罪主張の方針

09月29日 18時35分

阿武町から誤って振り込まれた給付金を別の口座に振り替えたとして、電子計算機使用詐欺の罪に問われている24歳の被告の刑事裁判を前に、弁護士が会見を開き、無罪を主張する方針を明らかにしました。

阿武町の田口翔被告(24)は、阿武町から振り込まれた国の臨時特別給付金4630万円について、誤って入金されたと知りながら、オンライン決済の代行業者など4社の口座に全額を振り替えたとして、これまでに4回起訴され、電子計算機使用詐欺の罪に問われています。
10月5日からの刑事裁判を前に、被告の山田大介弁護士が会見を開き、「被告は、誤って振り込まれた金を決済代行業者などの口座に振り替えたことは逮捕時から一貫して認め、道徳的によくないことをしたと反省の弁を述べている」と話しました。
一方で、「被告の行為は、電子計算機使用詐欺の構成要件には該当せず犯罪が成立しない」として、無罪を主張する方針だと説明しました。
その理由として、罪の構成要件の「虚偽の情報を与えた」という点で、被告がネットバンキングで入力した口座情報や振込金額などは、うその情報ではないことなどをあげました。
山田弁護士は、「被告側から裁判を全面的に任せられ、無罪の主張はすべて私の責任だ。犯罪が成立するか法廷で争って先例として残したい」と述べました。
この問題をめぐって、阿武町が被告に弁護士費用などを求めた民事裁判では、被告が陳謝し、解決金を支払う条件で和解が成立しました。


【給付金誤振込み事件】電子計算機使用詐欺罪の適用は疑問だ

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士

2022/5/19(木) 3:13

■はじめに

 山口県阿武町の給付金誤振込み事件。口座から4千数百万円を引き出して使ってしまったと言っている誤振込みの受取人が、電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)で逮捕されました。

 この電子計算機使用詐欺罪とはどのような犯罪で、この事件に適用可能なのかについて検討してみました。

■昭和62年にできた比較的新しい犯罪類型

本罪ができたきっかけ

 1980年代あたりからビジネスのさまざまな場面にコンピュータが使われ出し、これを悪用する事案が目立ってきました。とくに銀行のオンライン端末を不正に操作した巨額の横領・詐欺事件である「三和銀行オンライン詐欺事件」が有名です。

 この事件は、銀行員が銀行のオンライン端末を不正に操作し、あらかじめ架空名義で開設していた自己の口座に(数字だけを打ち込んで)1億8千万円ほどの架空入金を行ない、数時間後に東京に移動して、三和銀行本店から1億3千万円の現金を詐取したというものでした。

 結局、犯人には詐欺罪が成立し、懲役2年6月の実刑判決が言い渡されました。しかし、問題は残りました。

 詐欺罪という犯罪は、人を重大な事実についてだまして、だまされた人をしてその財産を移動させる犯罪です(たとえば、ガラス玉をダイヤだとだまして、だまされた人が高額で買い取る)。三和銀行オンライン詐欺事件では、結果的に犯人が東京の銀行本店で、実際に入金があったかのように行員を直接だましたので、詐欺罪が適用可能でした。しかし、ネットバンキングで行なう振込みや自動引き落としのように、資金移動にまったく人が介在しないシステムで、機械的に預金口座にある金銭を移動させてしまった場合には、だれもだまされてはいないので詐欺罪の適用は無理でした。

 そこで、このようないわば情報化社会において生じた〈刑法の穴〉を埋めるような形で、昭和62年に新設されたのが電子計算機使用詐欺罪なのです。

要件

(電子計算機使用詐欺)

刑法第246条の2 前条(注:詐欺罪)に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。

 条文はかなり難解ですが、詐欺罪との対比で作られています。つまり、詐欺罪では、犯人が重大な事項に関する虚偽の事実を相手に告げて、相手を錯誤に陥らせて(だまして)、その錯誤を利用して、相手の財産を被害者自らが差し出すようにさせるわけですが、それと同じように、本罪の場合は、事務処理に使われているコンピュータに
(1)虚偽のデータを入力して、
(2)財産権の移動などを記録しているファイル(データベース)を変更して虚偽のものを不正に作成し、
(3)コンピュータによる自動処理によって不正な財産的利益を得たような場合に成立します。
なお、「不正な指令」とは、プログラムの改ざんやウイルスなどを仕込んで誤動作させるような場合を想定した要件ですので、本件では関係ないと思われます。

 阿武町事件の場合は、容疑者が誤振込みされた4千数百万円の給付金を、ネットバンキングを利用して他の口座に移動させたという点で「虚偽の情報」が入力され、本罪が適用されたものと考えられます。

 なお、他にATMからも多額の現金を引き出しているようですが、これについては別途窃盗罪や占有離脱物横領罪の成否が問題となります(おそらくいずれ再逮捕があるでしょう)。

■阿武町の事件で電子計算機使用詐欺罪が適用された背景

 過去の裁判例から見るかぎり、「虚偽の情報」とは、入金等の処理の原因となる経済的な実体を伴わないか、それに符合しない情報のことを意味しています。阿武町の事件では、誤振込みが問題になっていますので、4千数百万円の入金情報が「虚偽の情報」なのかが問題です。

 以前ならば、誤振込みの場合、受取人には有効な預金債権(預金を引き出す権利)は成立しないので、正当な払い戻し請求権はなく、これを窓口で引き出すと詐欺になり、ATMから引き出すと窃盗罪ネットバンキングで移動させれば電子計算機使用詐欺罪になると単純に考えられていました。

 ところが最高裁平成8年4月26日の民事判決が、誤振込みの場合であっても受取人には有効な預金債権が成立していると判断して、刑法の考え方に大きな混乱が生じました。

 つまり、毎日おびただしい数の、しかも膨大な金額の振込みが多数の(場合によっては国を越えた)銀行間で行なわれていて、振込みという仕組みは社会に不可欠の資金移動の手段である。だから、それが正しいかどうかを事前にチェックすることは不可能であり、実体のない誤って振り込まれたものであっても、それはそれとしていったんは正当なものとして扱い後は当事者間ごとに「組戻し」(銀行間でのリセット)や「不当利得返還請求」などの事後的な救済手段を使って是正するしかないとしたのです。

 しかし、誤振込みの受取人は、いわばタナボタの利益を受けるわけですから、引出し行為が民法上は正当な権利であっても、刑法上はその権利行使が違法とされることがあるのではないかという意見が出てきて、論争になったのでした。

 すでに別稿(下記)で説明しましたので詳細は割愛しますが、平成15年に最高裁は誤振込みの事実を知りながら預金を窓口で引き出した行為について、預金債権は有効だとしながらも詐欺罪の成立を認めました(最高裁平成15年3月12日決定)。その理由は、銀行は誤振込みを正す組戻しを行なうことができたのに、受取人がその事実を告げずに預金を引き出す行為は、銀行の利益を損なうものであり、銀行との関係で詐欺行為にあたるというものでした。

 学説は分かれているものの、裁判実務の考え方としては、犯罪の成否は民法とは別に考えるのだという立場です。本件で警察が受取人に対して電子計算機使用詐欺罪の容疑を認めたのも、このような実務の背景があります。

■本件では「虚偽の情報」が入力されたのか

 本件のネットバンキングが、銀行の「事務処理に使用する電子計算機」であること、またそこで変更になった銀行の元帳ファイルが「財産権の得喪若しくは変更に係る電磁的記録」であることについては問題ありません。

 議論になるのは、容疑者が、電子計算機に「虚偽の情報」を与えて「不実の」電磁的記録(元帳ファイル)を作成したのかどうかという点です。

 「虚偽の情報」とは、問題となっている事務処理システムにおいて予定されている事務処理の目的に照らして真実に反する(実体に合わない)情報のことです。

 金融実務における入金、送金等が問題になっている場面では、三和銀行オンライン詐欺事件の架空入金のように、入金等の処理の原因となる経済的・資本的な実体を伴わないか、あるいはそれに符合しない情報のことです(東京高裁平成5年6月29日判決)。このような情報を銀行のコンピュータシステムに入力すれば、「虚偽の情報」を入力して「不実の電磁的記録」を作成したということになります。具体的な例を見てみましょう。

  • 金融機関が業務用に使用している電子計算機に対し、銀行員等がオンラインシステムの端末機を操作して預金口座に架空の振替入金や振込入金等があったとする情報を与えた場合(大阪地裁昭63年10月7日、東京地裁八王子支部平成2年2月4日判決、東京地裁平成7年12月26日判決)や、コンピュータを利用する電子決済システムサービスの1つである振込サービスを悪用して架空の振込入金の情報を電子計算機に与えた場合(名古屋地裁平成9年1月10日判決)などにおいて、本罪の成立が認められています。

 では、本件では「虚偽の情報」は入力されたのでしょうか。

 誤振込みであっても正当な預金債権はあるとした、最高裁の平成8年の判例を前提として考える限り、誤振込みの受取人は預金を法的に問題なく引き出せるのであり、これはいわば口座名義人の預金に対する支配権(占有)が認められたと解さざるをえません。確かに、一方では銀行の保管する金銭には銀行が事実上の支配権(占有)を有しており(だから銀行の金を盗めば銀行に対する窃盗罪となる)、これと預金者が自己の口座の金銭にもっている支配権とが競合するような状態になっています。しかし、預金者は優先的に契約にもとづいて自由に自らの預金を引き出せる権利があり、引き出した金銭についての所有権を取得します。平成8年の最高裁判決は、誤振込みの場合であってもこの預金債権が法的に有効だと認めたわけです。

 そうだとすると、本件容疑者の口座に振り込まれた4千数百万円に対して、彼は(誤振込みであっても)法的に有効な権利をもっているわけです(返還義務があることは当然です)。そして、電子計算機使用詐欺罪における「虚偽の情報」とは、入金等の事実がまったく存在しない実体に合わない情報(架空入金など)のことですから、本件の場合は、「虚偽の情報」を入力したことにならないのではないかと思います。

 確かに、詐欺罪の場合は、重要な事項に関して被害者の判断を誤らせる場合に成立します。この点について平成15年の最高裁決定は、預金債権は有効であるとの前提で、誤振込みの事実を隠すことは銀行側の調査、照会、そして組戻しなどの手続きを取る機会を与えることなく、銀行に直ちに払い戻しをさせたことによって銀行の利益を損なったとしました。しかし、電子計算機使用詐欺罪の場合は、要件は「虚偽の情報」の入力です。これは単純に事実と合致するかどうか、実体に合っているかどうかという観点から問題になります。普通の詐欺罪のように、「重要事項」について相手をだましたのかどうかという観点から判断されるものではないのです。つまり、本件では振込みがあったのかどうかという点だけが問題になるのです。

 このように考えると、本件容疑者は「虚偽の情報」を入力して「不実の電磁的記録」を作ったということにはならないのではないかと思われるのです。

■まとめ

 本件に電子計算機使用詐欺罪が成立するかどうかは、私は否定的に考えざるをえません。

 確かに、容疑者の行なった行為は、とんでもない行為で、なんと愚かなことをやったものかと思います。道義的には大いに非難されるべき行為です。しかし、それが犯罪となるかは別の問題であって、刑法で書かれている要件が満たされているかを慎重に検討する必要があります。そして、彼の行為は「虚偽の情報」を入力したのかという点において疑問が払拭できません。

 なお、ATMから引き出した場合は窃盗罪になるという見解もありますが、引出し行為そのものが民法上認められているので、それを窃取行為だと見ることも問題だと思います。その場合、行為者は(正当な)預金債権にもとづいて引き出しているわけで、民法上はその金銭について所有権を取得することになります。したがって、窃盗罪に必要な「不法領得の意思」(他人の物を不法に自分のものとする意思)も認められないのではないかと思います。

 さらに、占有離脱物横領罪という考えも疑問です。これは自らの(正当な)行為によって被害者の支配を離れた物を自分のものとしたということですが、これが占有離脱物横領になるならば、たとえば返却期限が過ぎてしまった図書館の本をそのまま利用している場合も、占有離脱物横領とならざるをえないと思います。

 以上のように犯罪の成立は難しいのではないかと思います。何度も言いますが、道義的にはなんと愚かなことをやったものかと思いますが、本件はいわば刑法の限界のようなケースではないかと思わざるをえません。(了)


参考文献・参考資料

4630万円山口県阿武町誤振込事件・田口翔被告(25)に懲役3年執行猶予5年の有罪判決 弁護側は即日控訴(tysテレビ山口) - Yahoo!ニュース

【給付金誤振込み事件】電子計算機使用詐欺罪の適用は疑問だ(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース

電子計算機使用詐欺をわかりやすく解説 | 事例や見破るポイントは?│防犯工房 (bh-atelier.com)

被告人 - Wikipedia

阿武町誤振込金引出事件 刑事裁判|SS SS|note

【誤振込を受けた者の引出行為と窃盗・詐欺・電子計算機使用詐欺罪】 | 一般的な刑法犯 | 東京・埼玉の理系弁護士 (mc-law.jp)

誤振込給付金でカジノ 25歳被告に猶予付き有罪判決 山口地裁 | NHK

山口・阿武町誤入金事件、被告側の無罪主張退ける:朝日新聞デジタル (asahi.com)

阿武町誤給付 被告に有罪…山口地裁判決「酌むべき点ない」:地域ニュース : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)

犯罪による収益の移転防止に関する法律 - Wikipedia

犯罪による収益の移転防止に関する法律 | e-Gov法令検索

【電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)の条文と基本的解釈】 | 一般的な刑法犯 | 東京・埼玉の理系弁護士 (mc-law.jp)

電子計算機使用詐欺罪 - Wikipedia

詐欺罪の定義。刑法において詐欺罪が成立する構成要件と刑罰について (vbest.jp)

やさしい法律講座ⅴ36 副題 構成要件該当性|tsukasa_tamura|note

やさしい法律講座ⅴ37 副題 他人の占有物等に係る自己の財物(刑242条)の保護法益|tsukasa_tamura|note

やさしい法律(兼金融)講座v49「事例研究(4630万円誤振込事件分析)」|tsukasa_tamura|note

政治(兼法律)講座ⅴ227「4630万円誤給付と賭博の違法性と不法行為(民709条)」|tsukasa_tamura|note

罪刑法定主義 - Wikipedia

刑法の謙抑性・補充性・断片性をわかりやすく解説 | リラックス法学部 (yoneyamatalk.biz)

阿武町誤振込刑事裁判前に弁護士が会見 裁判で無罪主張の方針|NHK 山口県のニュース

法益 - Wikipedia

占有権 - Wikipedia

債権者代位権 - Wikipedia

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