阿武町誤振込金引出事件 刑事裁判

裁判の判決が28日に予定されている。
争点は電子計算機使用詐欺罪に該当するか。
この電子計算機使用詐欺罪を中心としたまとめ。

法の専門家ではない素人の推測としてほしい。
法の専門家の見解は、28日に裁判所で発表される。

条文

前条に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。

刑法第246条の2 電子計算機使用詐欺罪

条文構成の解釈

  • 補充規定を表す説明

    • 前条(刑246条2項)(2項詐欺罪)に規定するもののほか、

  • 行為

    • 人の事務処理に使用する電子計算機に((虚偽の情報)若しくは(不正な指令))を与えて(財産権の(得喪若しくは変更)に係る不実の電磁的記録)を作り、

    • 又は(財産権の(得喪若しくは変更)に係る虚偽の電磁的記録)を人の事務処理の用に供して、

  • 結果

    • 財産上不法の利益を得、

    • 又は他人にこれを得させた

  • 罰則

    • 十年以下の懲役に処する。

争点となるのは犯罪行為の有無。
行為の部分を掘り下げる。掘り下げには以下の書籍を使用した。

財産権の得喪若しくは変更に係る電磁的記録

この電磁的記録とは「預金残高を記録した銀行の元帳ファイル」「金銭的利益に相当する記録がなされたプリペイドカードの磁気部分」などを指す。

「銀行キャッシュカード」は、カード自体に財産権の得喪若しくは変更に係る電磁的記録が含まれているわけではないため、本条の電磁的記録にはあたらない。また、今回の事件の出金はいずれもオンラインのため、その意味でもこのあたりの観点は影響しない。

前段の行為から犯罪要素を取り除いた「人の事務処理に使用する電子計算機に情報を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る電磁的記録を作り」とは、ATMでの入出金やオンライン送金のような行為を指す。

後段の行為から犯罪要素を取り除いた「財産権の得喪若しくは変更に係る電磁的記録を人の事務処理の用に供して」とは、プリペイドカードを利用して有償サービスを享受するような行為を指す。

今回の行為は前段の行為に類するため、以降は前段の行為に限定する。

不正な指令

指令とはプログラムによる指示を指す。つまり、プログラムの改変等によって、本来与えられるべきでない指示を与えるような場合を指す。今回の行為がこれにあたらないことは明白。

虚偽の情報

金融機関職員が架空の入金データを自己の口座に入力する場合や、無断で他人の預金を自己の口座に付け替えるような場合を指す。

虚偽とはどのような場合を指すか。書籍では以下のように説明されている。

「虚偽の情報……を与え」とは、当該システムにおいて予定されている事務処理の目的に照らし、その内容が事実に反する情報を与えることをいう。ゆえに、当該判断に関しては、行為者の権限との関係が問題となる。

『新コンメンタール刑法第2版』P.468

これに対する解釈の掘り下げはここでは保留する。

不実の電磁的記録

不実とはどのようなものをあらわすか。書籍では以下のように説明されている。

「不実の」とは、事実に合致しないことをいう。事実と異なるかどうかは、財産権の得喪・変更を本来決定すべき者との関係で判断される。

『新コンメンタール刑法第2版』P.468

これに対する解釈の掘り下げはここでは保留する。

争点

上に挙げた中で「虚偽の情報」「不実の電磁的記録」あたりが争点と考える。ネット記事では「虚偽の情報」で争っているように見える。

関連しそうな判例には、大きく3つものがある。

 振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、両者の間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立する。

 ① 最高裁平成4(オ)413(判例検索)裁判要旨

誤った振込みがあることを知った受取人が、その情を秘して預金の払戻しを請求し、その払戻しを受けた場合には、詐欺罪が成立する。

② 最高裁平成10(あ)488(判例検索)裁判要旨

 受取人の普通預金口座への振込みを依頼した振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しない場合において、受取人が当該振込みに係る預金の払戻しを請求することについては、払戻しを受けることが当該振込みに係る金員を不正に取得するための行為であって、詐欺罪等の犯行の一環を成す場合であるなど、これを認めることが著しく正義に反するような特段の事情があるときは、権利の濫用に当たるとしても、受取人が振込依頼人に対して不当利得返還義務を負担しているというだけでは、権利の濫用に当たるということはできない。

③ 最高裁平成19(受)152(判例検索)裁判要旨

注意すべきは、誤振込による債権取得の可否と、取得した債権を行使することの可否は論点が異なるということ。

とくに①の裁判要旨に記されているのは債権取得を是とする判決。債権行使を是としたとは言えない。

今回の争点は債権行使が正当な権利と言えるか。正当な権利といえない場合は、権利があるかのように虚偽の情報を与えたと言えそう。

私見

単に誤振込というだけで引き出しや送金の権利がないとは言えない。ただし、その引き出しや送金が犯罪を構成するような用途の場合、その引き出しや送金に正当な権利があるとは言えない。

今回の事件、送金したお金を賭博に使用している。今回の裁判の罪名に含まれていないとはいえ、賭博は刑法犯。刑法犯を犯す原資として引き出したもの。②に示される「著しく正義に反するような特段の事情」と言えそうであり、それを引き出すのは「権利の濫用に当たる」に相当するのではないか。

引き出しの権利はない、権利がないにもかかわらず権利があるとして虚偽の情報を与えたという判断になるのではというのが、素人ながらの推測。

罪数

『基本刑法II各論』では時間的接着で包括一罪を判断するという説明に留めている。

『新コンメンタール刑法』では、同日の場合に包括一罪、別日の場合に併合罪という判例を挙げている。

同一日に虚偽の電磁的記録を複数回に渡り人の事務処理の用に供して財産上不法の利益を得たという場合には、包括一罪となり、犯行日が異なれば併合罪となる(東京八王子支判平2.4.23判タ734号249頁)。

『新コンメンタール刑法第2版』P.469

求刑は懲役4年6月。法定刑よりも短いため、包括一罪か併合罪かは量刑に影響するものではない。今回のオンライン送金日は複数日にまたがっている。どのように判定されるかは興味あるが、そこまで報道はされないだろう。


罪数に「そこまで報道はされないだろう」と書いた。

判決で重要なのは、その被告人が有罪になったか、どの程度の罰を受けたかではなく、どのような根拠のもとにそのような判決となったか。

馬鹿なことをしでかした人を馬鹿にし、娯楽がごとく見るなら、量刑の重さだけでいいだろう。個人的にはそんなくだらないことには興味ない。現行法で適正に裁かれればそれでよく、仮に無罪になってもいい、現行法が追い付いていないなら法改正で対応すればいいという考え。

罪数までなくていいが、どのような根拠でその結果となったか。このあたりの情報がどこまで報道されるのかも注目部分。ただ、東京都の公金絡みの問題を考えても、既存メディアに期待できないと雑感。
せめて裁判例検索で公開されることを願う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?