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やさしい法律(兼金融)講座v49「事例研究(4630万円誤振込事件分析)」

今まさに日本の報道記事を賑わしている4630万円誤振込事件を分析して見る。今回の事件の本質的・基本的なことから解説してみる。日本の法体系の「所有と占有」於いては、刑法では、「占有」を「所有」より優先していることが分かる。以前のブログで解説ずみであるが、再度、ご確認ください。

 やさしい法律講座ⅴ37 副題 他人の占有物等に係る自己の財物(刑242条)の保護法益|tsukasa_tamura|note

        皇紀2682年(令和4年)5月25日
        さいたま市桜区
        金融コンサルタント 田村 司

はじめに

銀行業務通算46年と法律事務所の秘書経験から、4630万円誤振込事件で露呈したのは、リスク管理の不味さであろうか。
例えば、泥棒に現金を盗まれた場合はその場で捕まえる(現行犯逮捕)以外は、後日、犯人が分かっても、自力救済できない。裁判による判決を債務名義として強制執行という手続きを踏まなければならない。その判決と強制執行の前に散財されたら資金の回収はできないのである。そして、日本の刑法は所有権より占有権を優先していることに驚く。自分の所有物であっても、他人が占有している物を財物故意に持ち去ることや無断で使用すると窃盗罪が成立するのである。

事件をややこしくしている法律

他人の占有物等に係る自己の財物(刑242条)」が何を保護法益にしているかについて、本権説(所有権)と所持説(占有権)の対立がある。

民法上の物権の概要は次の通り。

本権(占有を法律上正当づける実質的な権利)

 所有権(民法206条)制限物権、用益物権、地上権(第265条) 永小作権(第270条) 地役権(民法第280条)入会権(民法262条、民法294条)担保物権、法定担保物権、留置権(民法第295条)、先取特権(民法第303条)、約定担保物権、質権(民法第342条)、抵当権(民法第369条)
占有権(180条) ・・・物に対する事実上支配状態(占有権)の保護を目的とする権利。

本権説(所有権)は占有を裏打ちする「所有権その他正当な権利・利益」が保護法益であるとする。

他方の所持説(占有権)は 他人の占有等に係る自己の財物 第242条 「自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす。」という規定も設けている。所有権に基づかない占有(所持している)状態その物も保護される。ここでは「所有権その他正当な権利・利益」が謳われていない。

ここに、窃盗罪の保護法益は、本権とは関わりのない占有権そのものだとする所持説(占有権)を支持する一つの根拠がある。

さらに、所持説(占有権)については、財産秩序をどのように構成するかという見地から理論づけがなされている。

すなわち、社会生活が複雑となり、権利関係が錯綜している今日では、社会生活上の財産秩序は、占有という外観上の基準をもとに構成しなければならない。

そこで、所持説は、私法上適法な占有と言えない場合でも、刑法上保護されるべき占有が認めれれると解する

社会生活上の財産秩序が権利者らしい外観を示す占有を基礎に成り立っていることからすれば、所持説は正しい面を有している。そして、民法の占有権の規定から窺い知る事ができる。

解説・・・占有訴権制度の目的は、通説はこれを「自力救済の禁止」に求める。

現にある支配状態が仮に法的に許されないものであっても、これを裁判の手を借りずに私力で除去しようとするのは法治国家の建前上許されないから、一時的にであれ現にある事実状態を維持するという点にこの制度の存在意義があるとする。

用語解説:占有者とは

自己のためにする意思によって物を所持などしている者のこと。占有の事実状態を表すのであり、それが正当な「占有権」に基づく占有である場合だけでなく、不法な占有の場合でも「占有者」となる。そのため物件を所有し自ら居住する者(所有者)も「占有者」であり、賃貸借契約による賃借人も「占有者」であり、競売物件などに不法に居住する占有屋もやはり「占有者」である。

準占有とは、権利等の物以外の財産権を自己のためにする意思をもって権利を行使すること(現実に支配すること)をいう民法での用語。

自己のためにする意思をもって物を所持することを占有といい、これにより占有権が発生する(180条)。しかし、物の所持以外の場合占有とは言い難いため、占有に準じる概念として準占有と呼ばれる。民法205条が準占有について規定しており、準占有の場合に占有権についての民法(180条 - 205条)が準用される。

預金者の準占有者としての立場(法律関係)

金融機関にお金を預ける契約(預金契約)の法的性質は「消費寄託契約」であるとされています。消費寄託契約とは、金銭などの代替物(同種の他のもので代替できるもの)を預ける契約で、預かった人(銀行)はその金銭を自由に使用(消費)してよく、預けた人の請求があれば、同種のほかのものをもって返還すればよいとされている契約のことです。消費寄託契約は、「要物契約」であるとされています。要物契約とは、現金を現実に銀行に持って行き、銀行がこれを受領することによって成立する契約である。つまり、預ける「」を必ず持って行く「必」があるから、要物契約と言われているのです。これは預金者と銀行との法律関係である。
ここに別な権利を主張する第三者が現れた場合は、預金者は準占有としての権利を対外的に主張できることになる。その預金が仮に不当利得であっても、その第三者は自力救済(力ずくで奪う)ことはできない。法的な手段を取らざるを得ないのである。

不当利得とは、契約などのような法律上の原因がないにもかかわらず、本来利益が帰属すべき者の損失と対応する形で利益を受けること(利得すること)、またはその受けた利益(利得)そのもののこと。またはそのような利益が本来は帰属すべきだった者に対して自身が得た利益(利得)を返還させる法理あるいは制度(不当利得法、不当利得制度)のこと。日本の民法においては民法第703条から第708条に規定されている。

為替取引における


預金取引については、当座 預金,普通預金,貯蓄預金,通知預金,定期預金,定期積金,その他の預金, の7種類をあげている。これに対して「為替取引」については,具体的にどの ような取引を意味するかについて,銀行法は明示していない。そこで,この 「振込」という用語の根拠はどこにあるかを見ると,現在では,後述の「全国 銀行内国為替制度」における銀行間の内国為替取引に関する取扱いのルールを 定めた「内国為替取扱規則」中に為替種類の1つとして定められている。この 規則は1973年(昭和48年)4月に制定されたものであるが,その第1編総則 中に為替種類として「振込」「送金」「代金取立」「雑為替」として定められて いる。

法律的問題点を検討するうえで考慮しなければならない特徴として, 取引当事者の多数性を挙げることができる。典型的な他行振込では,当事者振込依頼人,仕向銀行,被仕向銀行,受取人の4者である。
次に取引の仲介性
一8一 振込取引に関する法律問題の体系的整理(1) 手段性である。
伝統的な為替の定義でも述べられているように銀行振込依頼 人受取人の間の資金移動仲介者として振込依頼書等によって依頼された振 込事務を依頼どおりに処理するだけであり,振込依頼人は受取人への送金手段 として銀行を利用するにすぎない。まさに銀行は資金移動の仲介者であり,振 込は資金移動のための手段であるといえる。さらに,取引の抽象性という特徴 もある。振込取引は依頼人の振込依頼によって開始されるが,振込依頼書への 記入事項や振込機への入力事項は振込事務の処理に必要な事項のみであり,振 込依頼人が振込を利用して,送金するに至った原因について銀行は全く関与し ない仕組みになっており,その原因関係から切断された抽象的な取引である。

さいごに

4630万円誤振込事件の報道記事からは、前述の「所有と占有」の解説がなかったので取り上げたものである。事態は回収不能と報道されていたが弁護士の活躍で回収へと進展しているようである。
犯罪収益移転防止法の活用(マネーロンダリング(資金洗浄)を規制する法律や国税徴収法、地方税法などを使い財産の調査し、誤給付された口座の開設銀行から差押えなどを行ったらしい。民法(悪意の受益者の返還義務等)
704条不法行為(不法行為による損害賠償)709条を活用したようである。

関連する法律には民事保全法・電子計算機使用詐欺罪・占有離脱物横領罪・債権者代位権なども参考にされたい。
今回の事例はまさに生きた教材であり、事件の全容と解明・決着を吾輩は一般人として注視している。

参考法律条文

民法 第二章 占有権 第一節 占有権の取得(占有権の取得)

第百八十条 占有権は、自己のためにする意思をもって物を所持することによって取得する。

刑法 第三十六章 窃盗及び強盗の罪

(窃盗)

第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

(他人の占有等に係る自己の財物)第二百四十二条 
自己の財物であっても他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす

窃盗罪(せっとうざい)とは、他人の財物を故意に持ち去ることや無断で使用することを禁止する犯罪類型のことである。違反して窃盗を犯した者は刑罰によって処断される。

民法(不当利得の返還義務)第七百三条  法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。

民法(悪意の受益者の返還義務等)第七百四条  悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。

民法 第五章 不法行為(不法行為による損害賠償)
第七百九条
 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

電子計算機使用詐欺罪の構成要件

やさしい法律講座ⅴ36 副題 構成要件該当性|tsukasa_tamura|note

【①不実の電磁的記録の作出または虚偽の電磁的記録の供用】と
【②財産上不法な利益の取得】

本罪の実行行為としては、2種類の類型が定められている。

不実の電磁的記録の作出(前段)人の事務処理に使用する電子計算機(コンピュータ)に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて、財産権の得喪・変更に係る不実の電磁的記録を作る行為。
「虚偽の情報」とは、当該事務処理システムにおいて予定されている事務処理の目的に照らし、その内容が事実に反する情報をいい、「不正な指令」とは、事務処理の目的に照らし、与えられるべきでない指令をいう。
また、財産権の得喪・変更に係る電磁的記録とは、その作出・変更によって財産権の得喪・変更が生じるものをいい、オンラインシステムにおける銀行の元帳ファイルの預金残高の記録や、プリペイドカードの残度数の記録等はこれにあたる。
例えば、銀行員がオンラインシステムの端末機を操作して、入金の事実がないにも拘らず、自己の口座に入金があったとする情報を入力する行為はこれに該当する(参照:東京高判平成5年6月29日高刑集46巻2号189頁)。電磁的記録の供用(後段)財産権の得喪・変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供する行為、すなわち、内容が虚偽の電磁的記録を他人のコンピュータで使用する行為である。例えば、通話可能度数を虚偽のものに改竄した変造テレホンカードを公衆電話に挿入して電話をかける行為がこれに該当する(参照:岡山地判平成4年8月4日)。

民事保全法

第二款 仮差押命令

(仮差押命令の必要性)第二十条 仮差押命令は、金銭の支払を目的とする債権について、強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。

 仮差押命令は、前項の債権が条件付又は期限付である場合においても、これを発することができる。

(仮差押命令の対象)第二十一条 仮差押命令は、特定の物について発しなければならない。ただし、動産の仮差押命令は、目的物を特定しないで発することができる。



参考文献・参考資料


【誤振込を受けた者の引出行為と窃盗・詐欺・電子計算機使用詐欺罪】 | 一般的な刑法犯 | 東京・埼玉の理系弁護士 (mc-law.jp)

間違って振り込んでしまった場合、どうすればいいですか? | 虎ノ門桜法律事務所 (izawa-law.com)

【刑法判例】誤振込みと知りながら預金の払戻しを受けた場合と詐欺罪(平成15年3月12日最高裁)の要点をわかりやすく解説 | リラックス法学部 (yoneyamatalk.biz)

【給付金誤振込み事件】電子計算機使用詐欺罪の適用は疑問だ(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース

“4630万円誤振込事件”「電子計算機使用詐欺」のままでは無罪 | アゴラ 言論プラットフォーム (agora-web.jp)

誤振込みされた給付金を返さないと?(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース

民事保全法 | e-Gov法令検索

「占有者」と「所有者」の違いについて分かりやすく解説|転職応援メディア【STANDBY】 (standby-media.jp)

刑法 | e-Gov法令検索

準占有 - Wikipedia

電子計算機使用詐欺罪 - Wikipedia

預金契約の法的性質と契約成立時期 (nagareyama-lawoffice.jp)

やさしい法律講座ⅴ37 副題 他人の占有物等に係る自己の財物(刑242条)の保護法益|tsukasa_tamura|note

不当利得 - Wikipedia

債権者代位権 - Wikipedia

やさしい法律講座ⅴ36 副題 構成要件該当性|tsukasa_tamura|note

板鞍 宏・設楽 博文・南部 篤 著 『刑法Ⅰ刑法総論』日本大学 2001.4.1 初版

 高梨 好雄 著『刑法総論 刑法Ⅰ』 日本大学 2000.3.10 初版発行

尾崎 哲夫 著 『条文ガイド六法 刑法』自由国民社    2013.19.18 2版2刷 

構成要件 - Wikipedia

船山 泰範 著『刑法がわかった』法学書院 2017.7.30 改訂6版1刷


船山 泰範 著『刑法Ⅱ刑法各論』日本大学 2001.4.1 初版

尾浪 正雄 著 『物権法 民法Ⅱ』日本大学 1998.5.7 発行

今泉 幸太郎 著 『物権法』慶応義塾出版 2002.3.20改訂2版17刷

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