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小説『走る。』 7話

完成した絵は教会の入り口のところに飾られることになった。
りこの絵は絵画教室で題材を見て描くような実在するものを描いてあるわけではなかった。
近くで見るとわけがわからないような、いわゆる抽象画というやつだ。
しかし一歩離れて全体を見ると、感動した。

真ん中には曲の中で感じたような真っ赤で熱いものがある。
炎のようにも見えるし、そうでないようにも見える。
その周りは希望があふれているような温かい色、明るい爽やかな色があった。
キャンバスの下の方に描かれていたのは、荒れた地面のように見えた。
そこに回復がやってきたのか。
豊かさがやってきたのか。
炎がもたらし、天に霧散していく。
さっき心の中で起こったことが思い出された。
しばらく絵に目を奪われ、動けなかった。

絵を乾かしている間にりこは片づけを済ませ走り寄ってきた。
ステンドグラスからは夕日が差し込んできており、昼間とは違った景色だ。

「どうかな? 私の絵」
照れくさそう。
絵から目を離せずに横顔で応える。
「すごくいいよ。
 うん。これ、すごくいい。
 感動するよ。うん」
もっと褒めたかったが、具体的な言葉を出すと薄れる気がして、それでもなんか伝えたくて、何度も繰り返し「良い」と、言った。
りこが何も言わないので、横を向くと泣いていた。
泣いていたので、視線をりこからゆっくり絵に戻した。

数秒経ってりこが言った。
「ありがとう。
 すごくうれしい。
 今日はあなたに一番伝わってほしかったから……。
 私もこの絵は正解に近い気がする。
 役割を果たせた気がするの。本当に、やってよかった」

静かな雰囲気に包まれていた。
「じゃあ教会の玄関のところに持っていくの手伝ってくれる?」
「もちろん!」
二人で絵の両端を持って玄関に運んだ。
玄関に来ると、ミスターパウロが立っていて、左側に持っていくよう指示された。
絵を置いて、「ふぅー」と一息。
そして振り返った時に、反対側に飾られていた絵に心をとらえられた。

それはキリストの絵だった。
キリストが痛みに顔をゆがめ、口をわぁと開け、何かを叫んでいるところがアップで描かれている。
西洋の有名な絵にキリスト教の絵が多いことは知っていた。
教室でも何度か模写したことがあった。
が、その絵はまったく違うものだった。
これまでに見た絵の中のキリストは、落ち着いていて、優しそうだったり、寂しそうだったりといった、静的なイメージのものだった。
しかし目の前のキリストは叫び苦しんでいた。
その感情が、苦しみが、はっきりと伝わってくる、動的な絵だった。

気が付くとボロボロと涙が出ていた。
なぜ泣いているのかわからなかった。
苦しさに共感して、悲しくなったのか、絵の上手さに感動したのか。
いくつかの理由は思い浮かんだが、どれも少しずつ違う気がした。
ただ、この溢れ出ているものは、ライブペインティングの最中、ゴスペルを聞いている時に腹の中から出てこようとして止めていたものだとわかった。
横でりこが見ているのがわかるのに涙が止められなかった。
それを見ていたミスターパウロが近づいてきて、静かに語った。

「良い絵ですよねぇ。私もこの絵を見たときには心から震えました。
 あなたも感じるんですねぇ。愛されて生きてきたんですねぇ。

 今、あなたの心は開かれましたよ。
 あの絵の叫びと共に。キリストの苦しみと共に。
 これからの人生が楽しくなるように、静かなところで祈ってますね。
 今まで見えてなかったこと、感じてなかったこと、
 感じて気づいてなかったこと、これから楽しんでくださいね。
 また私の話も聞きに来て下さい。
 私はあなたと出会えて本当にうれしいから」

教会を後にして、夕暮れの河原にりこと二人。
目の前の見慣れた景色が、夕日のせいもあってか、やけに綺麗に見えた。
川はキラキラと光り世界はこんなにも明るいのかと思わされた。
夕日は油絵でべたっと塗ったように赤く、空は水彩画のようなグラデーションが綺麗だった。
重なる雲は、後ろから照らされて暗く、周りの赤を引き立たせている。
自然に、今日一日のことがあたまを駆け巡る。

「ああ、良かった」
気が付いたらぼそっとつぶやいていた。
すると、
「ねぇ。松田さん?」
りこが声をかけてきた。
思えば二人でいるにもかかわらず、ずっと沈黙だったのだ。
女の子と二人で、こんなに心地いい沈黙が今まであっただろうか。
そんな中で名前を呼ばれて変にドキドキした。

「ん?」
りこを見ると、まっすぐにこっちの目を見ていて一層ドキドキした。
夕日が横顔にあたってりこは、すごく大人っぽくて、すごく透き通って見えた。
名前を呼ばれて気が付いたが、初めて名前でちゃんと呼ばれたかもしれない。
「あの……。あ、あのね」
緊張しているように見える。なんかすごくドキドキする。
緊張がこっちにまで流れてきている。
「ど、どうしたん?」
りこはふぅーと息をゆっくり吐きだして、もう一度まっすぐこっちを見た。そしてニコッとして、

「わたしね、あなたが好き。
 あなたの感じ方も生き方も表現も大好き。
 あなたが生きてることが本当にうれしいの。
 今日一日でそれがすごくわかった。
 わたしと、一緒に、いてください」

「え、あ、あの……」
言葉が出てこない。
りこは笑顔で、
「返事はまたでいいから。待ってるからね。
 あ、教会にもまた行こうね。」
そう言って、りこは走っていった。


「まじか……」
周りに誰もいないのに、いや、誰もいないからか、よくわからないけど一人でまあまあの大きさの声でつぶやいた。
「いやいや、まじか。そんなことあるんか? いや、実際に起こってるか。 
 どういうことや……。りこがおれのこと好き? え、何歳? え、付き合うってこと? え、いいの?」
パニック。
「いやいや一旦落ち着こう。整理してみよう。な?」
と、ずっと独り言。自分で自分を落ち着かせる。

そのとき、なぜか描きたい絵のアイデアがポンポンと浮かんできた。
とにかくそれを描かなければいけない気がした。
「よし……!
 とにかく描こう。
 教会にあったような、魂の入った、中身を、全部をさらけ出せるような、そんな絵を描こう。
 全部、全部、出し切った後で、りこに返事をしよう」


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1話:https://note.com/tsuka_joji/n/n5583b0044819
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最終話:https://note.com/tsuka_joji/n/n24cb28548056

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