見出し画像

「天才とホームレス」 第5話

中学が始まるまでの春休み、
僕らは毎日おっちゃんのとこにいた。
朝から晩までだ。

あれからママがとやかく言うことはなくなった。
まだパパとは話せていないけど。
おっちゃんはそのことについて、何か聞いてくることはなかった。


その日、おっちゃんのナワバリの広さに、さらに驚くこととなった。

朝、おっちゃんが「肉が食べたい」とつぶやいたかと思うと、農具を置いて歩き出した。
僕らも声をかけられて、おっちゃんについていった。

15分ぐらい歩いたところに、なんと牧場があった。

足を止めることもせず、滑らかに牧場に入っていくおっちゃん。
うろたえる僕。足を止めないてっぺい。
なぜそうも当たり前のように入っていけるのか。
てっぺいは来たことがあるのだろうか。

そもそも都心から外れているとはいえ、東京のこんなところに牧場があるなんて、考えもしなかった。
観光用に開かれている牧場とは全く違う雰囲気で、「本気」でやっているんだと思った。

牧場内部にズンズン入っていくおっちゃん。
僕もおそるおそる後をついていく。
そこで、その牧場を経営している一家のお父さんと思われる人と談笑したかと思うと、
「おまえら、消毒せぇ」
と言って、指さした方には洗車の機械みたいなやつ。

用意されたエプロンみたいな服と帽子とマスクをつけて、そこに入る。
空気と一緒に何かを吹きつけられた後、奥の部屋に連れて行かれた。

そこで行われていたのは牛の解体だった。

マジか、、、
初めて見る血に一瞬、気が遠くなった。

「おい!ゆきや!大丈夫か!」
てっぺいの声でハッとした。
普段、これを食べてるんだもんな、、、
よし、と気合を入れて、じっくり見ることにした。

部屋の中には5人ほどいた。
みんな僕らと同じような服と帽子とマスクをつけて、慣れた手つきで素早く解体している。
まるで生き物ではなかったかのようだ。
でも確実に生きていたことを示す赤が、僕の目を覚まさせる。

「よし、手伝え!」
おっちゃんが背中を押す。
ぐ、、、いや、なんでもやってみよう。
てっぺいはすでに、その部屋のあちらこちらに勝手に行って、従業員の人たちと仲良くなっていた。そしてもう手伝っていた。

声のかっこいいお兄さんが、僕の横についてやり方を丁寧に教えてくれた。
肉に包丁を入れる。
血が流れる。
そしてその後にはあまりにも美しい断面。
ため息が出る。

それを何度も繰り返すと慣れてくる。
それでも心が死んでいくとは思わなかった。
むしろ心は喜んでいた。

おっちゃんはテーブルの上にある肉を、勝手にサランラップで巻いて袋に入れた。

僕らは昼まで働いて、その後、一緒にご飯を食べた。
昼は牧場内でBBQをした。
肉が焼けるのを見ると、複雑な気持ちになった。
しかし、食べると、あまりの肉の美味しさに、全部吹き飛んだ。
そして食べた後になって考えた。
こんなことをしていいのだろうか。
肉を食べる資格が、僕にあるんだろうか。
牛は食べられてどんな気持ちなんだろうか。
神様はどうして、あんなに美味しく造ってしまったんだろうか。

流れる雲が綺麗だった。
横でてっぺいはバカバカ食べている。
「お、おい!
 おまえは何も感じないのか?
 かわいそうとか思わないのか?」
つい聞いてしまった。
他の人たちにも聞こえてしまったかもしれないと、言った後に思った。
「へ?」
とぼけた声でてっぺいが食べる手を止めた。
「いや、ゆきやも食べてたやん」
そ、そうだけど、、、

「そ、そうだけど、、、!
 でもなんか色々考えてしまうだろ?
 さっき、その、、、そのままの姿を見たじゃないか」
「あー。
 まあ確かに。ちょっとかわいそうかも。
 あんまり考えへんかったなぁ。
 いやでもさ、こうやって人間は生きてきたわけで、
 おれらもたくさん食べてきたわけで、
 これが罪やとしたら、もうどうしようもないよなぁ。
 そんで、おれはこんなに嬉しい。
 それが大事なんちゃうかなぁ」
大人たちはニコニコしている。
おっちゃんもニヤニヤしながらタバコを吸っている。

さっきおっちゃんが話していた人が口を開いた。
「いいなぁ。
 そんなふうに考えてもらえたら嬉しいなぁ。
 俺たちはこの牛たちに食わせてもらってるから、
 感謝してもしきれない。牛様だ。ははは。
 でもだからこそ、この仕事に誇りを持っているよ。
 悩みながらね」
本当に嬉しそうだ。

「よし。ゆきや、てっぺい。
 この牧場のビジネスを考えてみい」
おっちゃんはそう強く言った。
「この人はこの牧場の社長や。
 この牧場はこの人の家族が中心になってやっとる。
 そこに若い従業員が何人かいる。
 将来、自分の牧場を持つだろう優秀なやつらや。
 そこでなんかおもろいことしてみい。
 ちゃんと社長と話し合って、プレゼンして、そんで実際にスタートするんや。どや、おもろそうやろ? てっぺい」
名前を呼ばれる前にてっぺいは大声で叫んでいた。
牛が驚いていた。


一話はこちら!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?