見出し画像

「天才とホームレス」 第6話

その牧場はハイテクだった。

一見、家族経営の小さな牧場に見えたそこには、たくさんの科学技術と哲学が詰まっていた。
そこは完全に自給自足になっていたのだ。
電気、ガスなどのエネルギーも、だ。
ここは本当に日本なのか?

僕が学んだ限りでは、日本の食料自給率は世界でも最低水準で、エネルギーに関してはことさらに低いはずだ。
それがここでは、、、

BBQの後、牧場の全貌を見せてもらった。
牧場は思ってた100倍広かった。

敷地の真ん中に巨大の装置があった。
バイオガス発電プラントというらしい。
家畜の糞尿から出るガスを使って発電するという。
信じられないが、これで十分な電気が賄えるらしい。
なんとこのシステムの導入を発案し、指揮したのがおっちゃんだという。
ほんとに何者なんだ、、、
いや、いつから東京にいたんだっけ、、、?
謎は深まるばかり。

さらに、食糧は肉だけでなく野菜も自己調達だった。
発電に使った糞尿はその後、大量の肥料となる。
その肥料を使って育てる野菜は、無農薬だという。
自然農というらしい。
これもおっちゃんが教えたらしい。
確かにおっちゃんが(勝手に河川敷で)やっている畑にも、なにか農薬が撒かれることはなかった。ついでに肥料も撒かれていない。
それでもたくさんの野菜が取れている。しかも美味しい。
おっちゃんは仙人で、1000年ぐらい生きているのかもしれない。

さらにさらに、そこでは米まで作られていた。
そこにも農薬、化学肥料は一切使っていないという。
よく知らないが、それはすごいことらしい。

水は潤沢にあった。
川が近いからだ。
浄水器も、おそらく自家製の巨大なものがあった。
これもどうせおっちゃんが関わっているのだろう。

僕は紹介されるたびに驚くばかりで、
どんどん自信を失っていった。
こんなところに何ができるんだろう。
すでにおっちゃんの手がふんだんに入っているのだ。
逆に、てっぺいはどんどん目を輝かせていった。
とにかく牧場の絵を描いていた。
広げると一枚の大きな牧場の絵になるのだ。
僕も手帳にメモをしまくった。
とにかく今はそれしかできないと必死だった。

さらに彼らは、山を持っているらしい。
スケールが大きすぎて困った。
そこから、木材を持ってくることができる。
実は牛舎や家は自分達で建てたという。
もちろん、鶏小屋も、犬小屋も、猫小屋も。

料理、風呂には、ガスは使わず薪を使う。
その炭はまた使われるのだ。

そこにはあまりにも美しい循環があった。

その循環を、てっぺいが絵にしたことで理解できた。

次の日、その山に狩りをしにいくことになった。

昨日の夕方に、仕掛けていた罠に猪がかかっていると連絡が入ったのだ。
それで「君たちも来るか?」と誘われた。
おっちゃんが「行け」という目をしていたので行くことになった。
僕も興味がないわけではない。ただ怖い。
展開の速さについていけていない。
とっくにその流れに身を任せている。

獲った猪の加工と出荷もしているのだという。
猪はその地域の害獣で、それは農家の助けになるという。
一石何鳥のシステムなのか。

山は車で20分ぐらい。
軽トラに乗せてもらった。
めちゃくちゃ近かった。
僕はこんなに近くに猪がいることさえ知らなかった。
近くに畑も住宅地もあるが、山の中は怖いぐらい静かだった。

猪は急に目の前に現れた。
グワッ!!と向かってきたかと思うと、罠の紐がビンッと張って後ろに引っ張られていた。
僕は腰を抜かしてしまって、その場にへたり込んでしまった。
前を歩いていたてっぺいが振り返ってケタケタと笑った。

一緒に行ったのは、昨日僕に解体を教えてくれたお兄さんだ。
かっこいい声の優しい人、であるはずのその人が、金属バットで猪を殴った。
そこに気絶した猪をナイフで仕留め、ロープで縛った。
昨日から衝撃が多すぎる、、、
あまりに手際が良いので、楽しそうに見えた。
それが怖かった。
しかし、ロープで縛った後、そのお兄さんに呼ばれて近づいたら、その目は真剣そのもので、怖がったことを反省した。

近くの川に猪の死体を運び、完全な血抜きをした。
血抜きには長い時間がかかった。
そのかかった時間の分だけ、その命が重く感じた。

その猪を3人で軽トラに乗せた。
重かった。
牧場に向かった。

牧場について解体室に運ぶ。
そこからは人手があって楽だった。
あっという間に「肉」に変わる猪。
そしてその肉の一番良いところを、みんなで食べた。
おっちゃんも後から来た。
その美味しいこと、、、

涙が出た。
てっぺいも泣いた。
おっちゃんも泣いていた。

「美味いなぁ。猪は。
 いっつも泣いてまうねん。
 なんでかわからんけどな」

猪を食べた後は力が湧いてきた。
強くなった気がした。
猪になったような気がした。

「うおおお!!!
 思いついたーーー!!!」
と叫んで、てっぺいが走って牧場を出ていった。



一話はこちら!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?