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「天才とホームレス」 第3話

てっぺいは「教室ビジネス」を急速に発展し始めた。

家庭教師が教えてくれたことがある。
「良いビジネスモデルは売れる」
僕はこのとき、この言葉を理解した。

てっぺいはクラスに弟子を作り始めたのだ。

「えんぴつけずり」「消しごむハンコ」の注文は増え続けていた。
そして自分でもできるんじゃないか、という男たちも出てきていた。
それを見て、「教えてやろうか」と声をかけていったのだ。

そして注文をそいつらに回し始めた。
てっぺいの賢いところはマージンを取らなかったことだ。
つまり、そいつらの売上の一部を貰い続ける、ということはしなかった。
後で聞いたら、それは働くもののモチベーションを下げることになるから、ということらしい。おっちゃんの受け売りだろうが。

そうではなくて、教える料金を決め、実際に注文を受けて払えるようになってから払うということにしたのだ。
そしてその後はコンサルティングで定期的にアドバイスをする、というやり方をとった。

なるほど、おっちゃんが町中の店や会社にやっているのはこれか。
一見、マージンをとるより利益は少ないが、持続性は長い。
なによりお金を払う目的がシンプルでわかりやすい。
これは関係性の中にストレスを溜めないための素晴らしい知恵だ。
(と、後でおっちゃんに聞いた)

そしててっぺい自身は、下敷き業界に手を伸ばしたのだ。
それはここにきて、下敷きにその人が描いて欲しいキャラクターを描いてあげるというシンプルなものだった。

てっぺいは、実はめちゃくちゃ絵がうまかった。
ここにきて属人的なビジネスを始めるとは、予想外だった。
大阪に住んでいた頃に漫画家のアシスタントを一ヶ月ほど、学校を休んでやっていたことがあるらしい。
模写ならなんでも描けるという。
なんだコイツ。

僕はおっちゃんに
「とりあえずてっぺいから学べ。
 そして手伝ってやれ」
と、言われていた。
手伝うことなどなかった。
思いついた途端やってしまうからだ。
そして水面に波紋が広がるように、スーッと広がっていくのだ。

かろうじてある僕の役目は、てっぺいから現状を聞いて、それを整理して返してやることぐらいだった。
それでもてっぺいは嬉しそうに僕に話した。

てっぺいのビジネスは実は教室内で留まらなかった。
それを街の文房具屋に持っていったのだ。
つまりはデータを売る、ということをした。

下敷きに描くキャラクターの統計を取っていたのだ。
それで今の小学生の傾向がわかる。
僕もてっぺいもそういうのには疎い。
でもそのデータを文房具屋に売れた。
そこでも先にお金を取るのではなく、実際にデータが役に立ってからお金をもらっていた。データ通りに仕入れたら本当に売れたのだ。
文房具屋の店長はめちゃくちゃ喜んでいた。
それもおっちゃんの友達だからできることだ。

おっちゃんは言った。
「友達になること、これがいっちゃん大事なんや。
 だからビジネスは、友達になるためにするんや。
 友達として、相手の幸せを願う結果がビジネスなんや。
 子どもはな、本来、友達になる天才なんや。
 だからそれはな、わしが教わるんや」
僕には友達がいない。
僕のパパにもいないんじゃないかな。
だからこの教えは衝撃だった。
この教えの方が好きだと思った。

文房具屋と仲良くなったことで、その店内で「えんぴつけずり」ビジネスを展開することができた。
そうすると隣町の小学校からも客が来ることになる。
その注文は僕らの学校の、てっぺいの弟子たちに振り分けられた。
僕はそこで会計をした。
そこでやっと、僕のこの真面目で几帳面な性格が役に立った。

これまで僕は、自分が優秀であることを疑ったことはなかった。
有能のレールの上を外れる心配などしたことがなかった。
しかし、
てっぺいと出会い、おっちゃんと出会った今、
優秀とはなんであるか、ビジネスとはなんであるか、
全くわからなくなっていた。
とにかく自分ができることがあることが嬉しい。
そんなまでになっていた。

しかし、会計をしていると学べることは格段に増えた。
てっぺいも今までは会計のことや、利益のことなどは一切考えてなかったらしく、僕がノートを見せるたびに驚いていた。
僕がパソコンでなくノートで会計をつけていたことにも。
学校や文房具屋でパソコンを開くことは難しかったのだ。アナログの方が小回りがきく。
僕自身もパソコンの方が断然いいと思っていたし、そう学んだ。でもやってみたらアナログだったのだ。正解は。
これもパパから言わせれば愚かなのだろうか。

てっぺいはどんどん進む。
「えんぴつけずり」を文房具屋と協力して、商品化しようとしていた。
えんぴつのお尻を削る「えんぴつけずり」だが、完成は小さな彫刻ができる。
それをえんぴつのお尻にはめることができる削りやすい木があれば、より派手に、より簡単に、そしてなによりつけ外しができる「えんぴつけずり」ができるのだ。
もちろん完成形を売ってもいい。でも手作り感がこれの良さなのだ。

僕は僕でお金の流れがよくわかった。
そのため、文房具屋とも対等に交渉ができた。
商品開発の流れを知ることができた。

この頃にはもう私立中学の受験期間をとっくに過ぎていた。
小学校の卒業も迫っている。
僕はあれ以来、両親とろくに口を聞いていない。
完全に反抗している。
真面目なやつほどキレたら怖いのだ。
ちょうどパパの会社で問題があったらしく、パパがめちゃくちゃ忙しかったというのもあった。
本当に僕が起きている時間に家にいないのだ。
ママはもう諦めているという様子だった。

稼いだお金は発明に使われた。
おっちゃんと僕らでする発明だ。
あの町工場で加工することもできたし、材料の多くはこれまたおっちゃんのナワバリのゴミ捨て場から調達できた。街中のゴミが集まって山になっている場所だ。
基盤など、新しい必要があるものなどを買った。
そしてその発明はおっちゃんによって街のどこかの役に立った。
僕らはそれで良かった。

卒業式の一週間前になって、
また再び食卓の僕の前の席に、パパが座った。


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