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【ショートストーリー】わたしの好きなひと【1800字】

わたしには好きなひとがいる。

その人はいつも綺麗な空色のスニーカーを履いている。だからどれだけ行き交う人が多くたって、私はその人を見つけることができる。

私が公園で日向ぼっこをしている時、その人も近くのベンチに座ってお弁当を食べていた時があった。いつもと違う格好をしていたけれど、空色のスニーカーでその人だ、とすぐに分かったのだ。

それから覚えてくれたのかもしれない。すれ違うとき、柔らかく微笑んでくれるようになった。

その優しそうな瞳や大きな手を見るたびに、胸がぎゅっとなる。

今まで一緒に暮らした人たちは、機嫌が悪くなると私を蹴飛ばすこともあった。この人だったら、きっとそんなことはしない。そんな確信がわたしの中で日に日に大きくなっていく。

名前すら知らないし、住んでいる場所も、普段どんなことをしているのかも知らない。けれど、いつかはわたしに手を伸ばしてほしい。

そんな気持ちで、わたしは毎日を過ごしている。

その日、わたしは彼と出会った公園で、同じように日向ぼっこをしていた。

もくもくと大きく膨らんでいる雲を見上げながら、わたしは少しでも暑さから逃れたいと木陰に身を寄せていた。地面を這うようにして動く虫も、こころなしかへばっているように見えた。強い日差しのせいか、公園はいつもより何もかもが白く輝いていた。

遊具で遊ぶ子はいつもより少ない。こんなに眩しい中で外で遊ぶよりも、家の中の方が快適だからかもしれない、と想像を巡らせてみる。そう言えば、いつか子どもたちに囲まれて楽しそうにしている彼を見たことがあったっけ。

今日は会えるだろうか。

わたしはどれだけ別のことを考えていても、ふいに彼のことが浮かぶ。会いたい、という思いが長く長く伸びていく。水飲み場の蛇口から勢いよく溢れ出た水が地面に跡を残していくように、わたしのこの気持ちも分かりやすい形で表現することができたらいいのに。

「わーっ!!」

突然の悲鳴に驚いて顔を向ける。
大きな遊具で遊んでいた子どもたちが一か所に集まっている。駆け寄ると、集まったことも達の輪の中に、小さな男の子が身を震わせて倒れていた。

「どうしよう、ゆうとくんが…」
「え、うそ、ジャングルジムから落ちた?」
「大丈夫、ねえ?」

子どもたちの悲鳴のような声が口々に上がる。泣き出す子どももいる。大人は誰もいないようだった。

わたしが、できること。わたしだけが、できること。

素早く公園の入り口めがけて走った。
熱いアスファルトの感覚を忘れるぐらい、これまで生きていて一番早く駆ける。わたしが行く場所は一つしかない。

彼と公園で出会った時、後をついていった。その時に彼が向かった場所。わたしが助けを求めるとしたら、あの人しかいない。きっと助けてくれる。

着いたのは白く大きい建物だった。辿り着いたことにほっとする一方で、どこに行っていいのか分からない。わたしがどこを目指すか迷っていると、不意に影が落ちてきた。

「あれ、迷って入ってきちゃったの?困ったな…」
低いけれど澄んだ声。
影の持ち主は、わたしが焦がれてやまない人だった。
お願い、一緒に来て!!

「先生、何でゆうとくんがケガしたって分かったの」
「この子が呼んでくれたからだよ」

せんせい、と呼ばれている彼がわたしのことを話すことがくすぐったいけれど嬉しくてたまらない。今まで生きてきて一番頑張った気がする。

「とっても賢いね」
「ほんとほんと、表彰状送らなきゃいけないんじゃないの」

せんせいを公園に連れてきてから、あっという間に増えた大人たちにもそう言われた。大人は苦手だ。昔のことを思い出して、嬉しかった気持ちも溶けてしまう。体がぐ、と強張るのを感じた。

その時、わたしの額にあの大きな手が伸びてきた。そのまま、そっと優しく撫でられる。

「ねえ、もし良かったらうちに来ない?」

信じられない言葉だった。けれど、わたしと視線を合わせるように腰をかがめてくれた彼の瞳には、間違いなくわたしが映っている。

「え、先生の家って大丈夫なの?」
「実家暮らしですからね、一軒家だし」

通勤途中によく見かけてたんですけど、気にはなってたんですよ。通報とかあったらかわいそうだし。

そう言いながら、また優しくわたしの頭を撫でる。その気持ち良さに、私は目を細めた。

「僕、犬と一緒に暮らすの大好きなんですよね。楽しみだなあ」

想いが叶った嬉しさに、わたしは鮮やかな空色のつま先に体を寄せた。

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