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【論文抄読】大貫崇,呼吸機能と体幹、横隔膜の関係性について,2019

*専門家向けです。注:4100字程度あります。

前回、以下のような呼吸に関する記事を書きました。

今回、横隔膜の動きと呼吸トレーニングについてさらに知見を深められる総説論文があったので、こちらもまとめてみようと思います!

↑クリックすると、今回の紹介論文のページに移ります。

それではいってみましょうー!

呼吸機能不全は多次元で捉える

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まず、本論文で紹介されているのは呼吸療法についての考え方です。
これまで呼吸療法というと歩行距離が延長したり、酸素能が向上したり。。といった「呼吸そのもの」に対する考え方が主流でした。

しかし、Courney,2016では呼吸機能不全を多次元で捉えることを提唱し、それらは身体運力学的、生化学的、精神心理学的な3つの側面である、と述べています。

たしかに僕らは
・胸郭が動きやすくなると呼吸しやすくなったり(身体力学的)
・運動負荷に心拍出が追いつかなくなるとしんどくなったり(生化学的)
・緊張すると呼吸が荒くなったり(精神的)
なんてことを日常でも経験します。

それが互いに影響を与えあっていて、この3つの観点の調律が取れていることでより良い呼吸が成り立っているのだ、という考え方なんですね。

Wallden M,2017では「横隔膜は複雑な複合体であり、横隔膜ほど構造的にも体の中心にあり、身体的、生化学的、精神的にも中心の役割を果たしている筋肉はない」と述べています。

Courneyの提唱する呼吸不全の3要素を一度に解決してくれるかもしれないキーになってくる筋が横隔膜なのですね。そういった観点でいえば、横隔膜に対する介入はとても大切になります。

では、その横隔膜というのはどのような筋なのか。解剖を見ていきましょう。

横隔膜の解剖

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横隔膜の起始部は胸骨部・肋骨部・腰椎部の3つのグループに分かれています。
腰椎部ではさらに内側脚と外側脚に分けられます。とくに外側脚は弓状靭帯に付着しており、この靭帯には大腰筋・腰方形筋・腹横筋などと筋膜を介して繋がっています。なので、大腰筋や腹横筋などの機能低下は横隔膜の動きにも影響を与える可能性があります。

横隔膜は骨に対する停止を持たず、それぞれの筋線維が上行し腱中心という腱の塊(写真解剖図の白い部分)となって、さらに上方に位置する心臓や肺を支えます。横隔膜の収縮時には、この腱中心が下方に引かれることによって、胸腔を陰圧にして吸気を促します。

また、横隔膜は主呼吸筋としての役割だけでなく

・姿勢維持
・脊柱の減圧
・体液の流動性
・内臓機能の安定
・情動の制御
・消化

という多くの機能を有していると言われています。(Wallden M,2017)
これらの機能が事実なのであれば、横隔膜の機能障害は呼吸以上に多くの支障をもたらすことが容易に想像できます。

横隔膜と体幹の関係

では、横隔膜の正常な動きのための条件とは何か?
実は横隔膜の動きのためには腹部筋との関わりがとても大切になります。

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上記の表を見てください。横隔膜と腹部筋の関係性を簡易的に示したものです。
呼吸時には横隔膜と腹部筋は逆の収縮容態を生じます。

すなわち、吸気時には横隔膜は求心性収縮をし、腹部筋は遠心性収縮をします。
呼気時には横隔膜が遠心性収縮、腹部筋は求心性収縮となるのです。

その理由は以下の通りです。

吸気時には、横隔膜の求心性収縮により腱中心を下降させます。
それによって胸腔内圧を陰圧にし、肺に空気を取り入れてるんでしたね。
その際、腹部はどうなっているでしょうか?
横隔膜の下降によって胃以下の内臓器は下方に押されることになります。腹部がもとの容積のままでは腹腔が狭く内蔵が十分に移動できません。そうなると、横隔膜も十分に下降できずに吸気を達成することが難しくなります。
そのため横隔膜の下降(求心性収縮)に対して、腹部筋は遠心性収縮で迎え、ゆるやかに内臓器を受け止めるために広がっていくのです。

一方、呼気時には逆の収縮容態になります。
すわなち横隔膜が遠心性に上昇していくとともに、腹部筋は求心性収縮を行なって再度容積を縮小し、内臓器を上方へ押し上げる作用に転換するのです。そうやって、横隔膜と腹部筋は吸気と呼気の役割分担を行うことで正常な呼吸が行われているのです。

では、「正しい呼吸がちゃんと行われているのか」はどうやって見ればいいのでしょう。

答えは「胸腔と腹腔の広がりを見る」です。

前述した通り、筋の働き自体は横隔膜と腹部筋で全く逆の収縮容態を生じます。
一方で、胸腔と腹腔の関係はというと、

【吸気】
胸腔→膨らむ(肺が空気を取り込むため)
腹部→膨らむ(内臓器が下方へ降りるため)
【呼気】
胸腔→狭まる(空気が肺から出ていくため)
腹部→狭まる(内臓器を上方へ戻すため)

このように、目的は違いますが胸腔、腹腔ともに吸気時は膨らみ、呼気時には狭まる、といったシンクロした動きになります。

胸郭と腹部がバラバラに動く呼吸のことをパラドックス呼吸といい、これが見られるときには横隔膜、胸郭、腹部などのいずれかに問題があり、横隔膜が十分に可動していない可能性が高いのです。

胸郭と腹部は一つのシステムとして、シリンジポンプでいうシリンジを形成し、横隔膜が上下にピストンすることによって、シリンジ内(胸郭と腹部を含めた体幹)の圧調整が行えているのです。
つまり横隔膜が正常に上下するためには、そもそも体幹機能が整っており、体幹がシリンジとしての役割を果たす必要があるのです。

横隔膜と腰痛の関係

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実は横隔膜と腰痛については数多くの文献で調査されています。
腰痛がある人はない人に比べて
▶︎横隔膜が薄い
▶︎横隔膜が疲労しやすい

などの差があるようです。

ちなみにこれは横隔膜機能と腰痛自体が直接的に原因になっている、というよりもシリンジとしての体幹機能(つまり腹部機能)の低下が脊柱の不安定性と横隔膜機能の低下をもたらしていると考えるのが自然だと思います。

横隔膜へのアプローチ

ここまでの話をまとめると、どうやら横隔膜というのは

・身体力学的、生化学的、精神的に影響をもたらす筋である
・腹部筋と協調することで適切に働くことができる
・横隔膜の機能と腰痛には直接的か間接的かは分からないにしろ関連がある

ということでした。

どうやら横隔膜というのは呼吸機能だけではなく、体幹の安定や精神といったさまざまな機能に結びついていそうです。
横隔膜機能を改善させることはなんだか身体に良さそうです。

筋肉が適切に働くためには「長さ-張力」の関係が大切です。簡単に言えば「適切に筋発揮するためにも伸びすぎず、短くなりすぎていない丁度良い長さが一番筋肉が働きやすい」のです。
それは横隔膜も同様です(筋肉ですからね)。横隔膜でいう適切な長さというのは、すなわちドームの高さ(腱中心に高さ、ZOA)が高く保持されているということが重要になるのです。

横隔膜機能不全の多くの方が腹部が低緊張で、下部肋骨が開いてしまっています(いわゆるリブフレア)。このような胸郭のポジションでは、腹部内の臓器は下へ下へ下がり、横隔膜の起始部は横に広がり、腱中心は下降してしまうのです。 

しかし、前回の記事でもお伝えしたように、実は横隔膜には筋紡錘が少ないと言われています。そのため、我々が自ら横隔膜の動きを感じることは難しく、また促通も難しいのです。
それでは、横隔膜機能を改善するにはどのようなアプローチが良いのでしょうか?

結論から言うと
「胸郭の形状変化から攻めろ」です。

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横隔膜の構造的な要素は、胸郭を構成する肋骨の形状に影響を受けています。筋紡錘の数が少なく、直接的に変化を促すことが難しい横隔膜の構造的最適化は、胸郭の形状変化に頼る必要があるのです。
つまりシリンジとしての体幹機能を取り戻すことが横隔膜機能改善に有効となります。

これらの条件を満たすためにも内腹斜筋や腹横筋といった筋の働きが重要です。
この筋群は肋骨の内方に付着しており、その収縮は肋骨を内旋させます(内側に締める役割)。

つまり、
腹部筋(腹横筋・内腹斜筋)の再教育、強化

下部肋骨の内方偏移

腹圧上昇、内臓挙上、胸郭の構造変化

横隔膜筋線維の構造変化
へと結びつけていくのが、横隔膜へのアプローチとなるのです。

具体的な方法については、下記が紹介されていました。

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a)アンチパラドックス呼吸
パラドックス呼吸とは胸腔と腹腔がバラバラに動いてしまうことだと述べました。
一方で、適切に横隔膜と体幹機能が協働している場合には、胸腔と腹腔の動きは同調するはずです。
アンチパラドックス呼吸では、胸部と腹部に手を置き、意識的に胸腔と腹腔の広がりと狭まりを同調させることで横隔膜運動を副次的に拡大していこう、というアプローチです。

b)肋骨内旋呼吸
この呼吸練習は、より胸郭のアライメントに直接的に介入するものです。
両手で下部肋骨を両端から挟み、呼気時に肋骨の内旋を強調し、内腹斜筋・腹横筋の収縮を促します。
吸気時には手の圧を軽くかけたままにし、下部肋骨が大きく広がりすぎてしまうのを防ぎます。このように操作することで、呼気時には求心性、吸気時には遠心性といった腹部本来の働きと胸郭の偏移を求めていくアプローチです。

まとめ

・呼吸療法は身体運動的、生化学的、精神的な観点からの評価・介入が求められている
・横隔膜は身体中心にあり、呼吸のみならず精神も含めた身体機能に関与している
・横隔膜の変性と腰痛には関連がある
・横隔膜機能の改善が体幹の安定、心身機能の改善に重要である
・改善のためには胸郭アライメントの修正が必要があり、腹部筋がポイントである

著者はアスリート強化なども行なっており、呼吸機能がパフォーマンスに大事だということも述べておられました。横隔膜運動について自分なりの理解が得られた論文になりました。気になられた方は一読をおすすめします。


noteに書かれていることは
正しさや分かりやすさを
保証するものではありません。
内容をちゃんと知りたい、
という方はぜひ原著、原品をお目通しください。

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