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chapter9. うまくいかない

テーブルランプしかついてない部屋にどさっと帰ってきてソファに身を投げ出す。いかにも不機嫌風。慰めてくれと全身で表現してみる。

対する彼もダイニングテーブルに座って不機嫌風。だんまりとして、膝に載せた手を握りしめてるところなんかいかにも悲劇にあった後という体。

「ねえ、なんで電気つけないの」

第1ラウンド開始。あたしからふっかけた。

彼はぶすっとした顔を向けた。

「電気代もったいないって言ったのそっちじゃん」

おお、これはなかなかの不機嫌。自分の内側に溜まった不満や怒りを小出しにしてきたという感じ。

「それは暖房の話でしょ、設定温度高くし過ぎなんだよ、暑い」

「一日中外仕事なんだから寒いんだよ、そっちはずっと部屋ん中のくせに」

「“そっち”って呼ぶのやめてよ」

さすがに悪いと思ったのか、彼は黙った。

そして先程よりぐっと顔をしかめた。

ほら、お前のせいでこんなに傷ついてしまったぞ、と。


それが癪に障って、あたしは第2ラウンドをふっかける。

「ねえ、あたしのせいみたいにしてイライラすんのやめてくんない?なんで電気つけないのって聞いただけじゃん」

聞いただけ、ではもちろんない。

相手がイライラする絶妙なトーンを選んで言った。

彼はぐっと黙る。相手より自分のほうが理屈が通っていないと不利な状況に立たされたと思い込むらしい。

そんな彼の性質を知りながら、あたしは彼をますます最悪な気分へと誘い込む。

彼は興奮して、ことばがたどたどしくなる。

あたしはそれをダシにさらに彼を追いつめる。


別に楽しくてやっているんじゃない。

でもあたしはときどきこうしていないときっと気がおかしくなってしまうのだ。

内側のあたしはこんなに冷静に己を分析しながら、外側のあたしは相手を詰り倒す。

なんでこんな人間になってしまったのかわからない。昔っからそう。遺伝?つまんない遺伝。滅びればいいのにこんな遺伝子。


二重人格なんじゃないの、と、冷たく言い放たれたときのことを思い出す。

中学生の時、つるんでたグループのひとりに言われたことばだ。寄せ集めみたいにちぐはぐのくせに、表面上は常にベタベタして仲の良さを装っていたグループ。

じゃあ一緒にいなきゃいいじゃん、と、どうしてあの時言えなかったんだろうか。

あの子の声を、表情を、今でもありありと思い出せる。


急に目から涙が出そうになって、歯を食いしばってこらえる。

彼のために泣いていると思われたら癪だ。そんな簡単な涙なんかじゃない。ひとしずくでもこぼしてたまるか。

涙が引っ込むのを待って、言い合いをしていた彼に、もういい、と感情のない声で言って、ポーチを掴んでベランダに出る。

キンと冷えた外気に呆気なく体温を持っていかれる。
でも今は、まばらに見える都会の星の、弱々しい輝きを見つめていたかった。

ポーチから煙草を出して火を付ける。


副流煙、嫌がりそうだな。

あの子の苦い顔を思い浮かべて、ベランダの足元に向かってそっと煙を吐き出した。

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