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『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 28

「よし、じゃあ、わたしも切るよ!」

 と、LINE上で威勢良く啖呵を切っておきながら、なかなか果たせずにねねちゃんとの『ショートヘアの公約』に、そろそろ後ろめたさを感じるようになってきていた矢先、セブンの店員さんから思いがけず、髪が伸びていることを指摘され、自分でもそろそろ切りに行かないとなと思いはじめていた、ちょうどそのタイミングで、店長から不意に、「この間、無理に出勤してもらったこともあるし、そのお礼ってわけじゃないけど、明日まだ予約も入ってないし、何だったら休む?」と、とつぜんのお休み申し出があり、それならばとせっかくの店長のご厚意に甘え、半年ほどご無沙汰していた美容室に予約を入れ、伸びっぱなしにしていた髪を、思い切って切りに行くことにした。

 その際、ひとりで天神をペタペタと歩いていたのだが、とつぜん見ず知らずの男性から、「すみませ〜ん!」

 と呼び止められ振り返ると、なにやら妙に清潔感のある好青年が立っていた。

 ん? ナイトワークのスカウトさんでしょうか。

 何かしらのキャッチセールスでしょうか。

 それとも道に迷ったとでしょうか。

 その日はやらなきゃいけないことも、行かなきゃいけないところも山積みだったので、「ちょっと面倒だな」と思ったものの、これは行き交う人々の中から、声をかけやすそうなヤツNo. 1に選ばれし者の宿命、持ち前のポジティブシンキングを発揮し、とっとと片付けてしまおう、とりあえず話だけでも聞いてやることにした。

「今日はお休みですか?」

「そうですね」

「あ、学生さんですかね?」

「そうですね」

「一九〜二〇歳ぐらいですか?」

「そうですね」

 〝そうですね〟とは、実に返事を適度にぼかすのに、非常に便利な言葉である。あまり多用すると、てきとうな人だと顰蹙を買う恐れがあるが、今後、深く関わる可能性が限りなくゼロに近いストレンジャーには、譬え、内容に多少の誤りがあろうとも、相手に何かしらの害を与えるようなことがない限り、ほとんどの確率で〝そうですね〟を多用する。

『笑っていいとも!』が、まだ放送されていたならば、観覧席サイドと言えども、割と良い仕事が出来たはず。

 どーもわたしです

 結局、その人は美容系のお仕事に就いている方のようで、天神と言う都会の街をスッピンでぺたぺた歩くわたしが、高校卒業したての右も左も化粧の仕方も分からんような芋っ娘に見えたらしく、「お化粧の仕方お教えしますよ!」という営業のお声かけでした。

 ひとりで出かけるのに化粧するのは面倒臭いけんスッピンやっただけじゃ!

 化粧の仕方ぐらい知っとるわいっ!

 わたしが見知らぬ人に〝そうですね〟を多用するのも、また面倒臭がりの性分が生み出してしまったことなのだが。

 とくに興味の無い会話を出来るだけ広げられぬようにするための術なのだけれど、それがまた、さらにまた別の面倒臭さを引き寄せてしまうのだと、小雨ぱらつく昼下がりに、身をもって実感したのであった。

 SO-DESUNE is a magical word.

 あまり魔法の言葉を多様するものではないらしい。髪切りに出かけて、こんなことまで学ぶことになるとは。

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