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『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 7

 お気づきの方もいるだろうが、うちの店長は『オネエ』です。いや、この場合はまだ容疑がかけられているだけなので、オネエ疑惑(本人公認ではない)といったところか? 恰好はふつうで、傍から見ていると、気づかないのだが、如何せん喋り口調が『オネエ』なのだから、否定の仕様がない。それもちょっと怪しいとか、そういうレベルではなく、もろオネエなのだ。初めてこのお店の面接に来たときに、わたしもこの業界が初めてということもあり、ガチガチだったのだが、そのあまりのギャップに意表を突かれ、緊張どころではなかった。目の前のふつうの恰好をしたおっさんが、オネエ口調で喋り始めたときには、頭のなかがクエスチョンマークでいっぱいになり、もう面接どころではなかった。気になりすぎて、何を話したかも覚えてない。当時の面接を振り返ると、なぜわたしが受かったのか不思議でならないが、後日談で店長に訊いてみると、「なんか初々しい感じがしたのよね……」と懐かしそうに当時の様子を語っていたが、どうやら、わたしが緊張でガチガチだったと、勘違いしていたようだった。ご愁傷様。あれは緊張ではなく、ふつうの恰好をしたおっさんが、オネエ口調で喋っている光景があまりにインパクトがあり過ぎて、圧倒されていただけなのです。

 ただ、本人曰く、「ちゃんと女の子が好きよ」と発言していることもあり、その真相は明らかになっていない。ただまあ、風俗店で働く女性の立場からしてみると、その妙に親近感のある喋り方が、やんわりと警戒心を解くというか、妙な安心感があり、働きやすいといえば働きやすいのだが。やはり、そういうお店で働くということ自体が、女の子にとって抵抗があるものであり、一般の昼のお仕事をするよりも、ずっと勇気がいることなのだ。

 もしかすると、その女性の立場を気遣って、店長は敢えて、オネエ口調で喋ってくれているのかもしれない。そう思うと、一般の仕事でさえ長続きしなかったわたしが、この業界で二年以上働けているのは、ひょっとすると、店長のそういった優しさというか、このお店で働く女の子たちに対する〝愛情〟というと大袈裟かもしれないが、思いやりみたいなものがあり、そういったものがあるお陰なのかもしれない。わたしにとって、このお店は故郷であり、一般社会から放り出されたわたしを救ってくれた、唯一の居場所なのだ。

 と、おセンチになってはみたものの、これでただの『オネエ』だったら興ざめだ。

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