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『翠』 6

 今の旦那と出会ったのは、学生時代の友人である亜希子から、とつぜんかかってきた電話で、なんでも一人で参加するのが嫌だからという理由で、半ば強引に亜希子に連れられ参加した婚活パーティーが切っ掛けだった。

「翠も一緒に参加してよぉ〜。私の友人のなかで、まだ結婚してないの翠だけなの! それにほら、私って、こういうの参加するの初めてじゃない? こんなこと頼めるの翠だけなの! だから、ね! 一生のお願い! 親友を助けると思ってさ!」

 しばらく連絡がないかと思っていたら、ひさしぶりにかけてきた電話で、無理難題を押しつけられ、正直、断ろうかとも思ったが、あまりにしつこい亜希子のお願いに、渋々、引き受ける形となった。

 婚活パーティーでの旦那に対する第一印象は、ほんとに冴えないおじさんといった感じで、まったくピンとこなかったし、結婚相手としてはもちろんのこと、どんなに酔っ払っていても、恋愛対象としても見れるような相手ではなかった。最初に声をかけてきたのは旦那のほうからで、友人の付き添いで来てることもあり、とくに男漁りに来ているわけでもなかったので、することもないので、パーティー会場の隅っこで独り寂しくビュッフェの料理を堪能しているところに、「私、こういうの慣れてないんですよね……」と、不意に声をかけてきたのが彼だった。

 ふつうなら、「こんにちは……」や、「はじめまして……」などの挨拶が、初対面の挨拶としては一般的なのだろうが、唐突に、「私、こういうの慣れてないんですよね……」と、話しかけられ、最初は自分が話しかけられているとは思わず、とっさに周りの参加者の顔を窺ってしまったくらいだった。ただ、周囲の参加者を見渡しても、自分の周りにいる参加者は、すでにべつの相手と立ち話に没頭しており、彼の視線がこちらに向けられていることを考えると、どう見ても自分が話しかけられているのは明白だった。

「あ、そうなんですね……」

 なんと返していいのか判らず、とりあえずそう返事をしておいた。

 彼の片手に持った器には、肉だのサラダだのがてんこ盛りに盛られており、あまり清潔感というものが感じられなかった。場所が場所なだけに、それなりにスーツを着て小綺麗にはしているつもりなのだろうが、アイロンのかかってないワイシャツや、ヨレヨレのジャケットを着ている見た目からも、たとえばこの場所が日比谷公園の炊き出し広場とかであれば、見ようによってはホームレスか何かに見えなくもない。

 話の拡げようがわからず、つい黙ったままでいると、「え? ぼくの顔に何かついてます?」と、勝手に勘違いして訊いてくる。

「いや、べつに、そういうわけじゃなくて! なんていうか、その……、な、なんか素朴な人だなと思って……」

 とっさにそう嘘をつき、作り笑で誤魔化した。

「あぁ〜、よく言われるんですよ。それ!」

 声のピッチをワントーン上げた彼が、急に饒舌に話しはじめる。ただ、相手に対し、とくべつに興味もなかっただけに、その内容が入ってこない。

「そういえば、このあいだ職場の同僚からも、同じようなこと言われてですね。あ、同僚っても同じ職場で働く、二年後輩の女性なんですけどね……。その女性といつだったか、プライベートな話題をになったときにですね。『なんか誠人さんって、意外と話しやすい人だったんですね……。もっと取っつきにくい人かと思ってました……』って言われたんですよ。まあ〝意外と〟っていうのが、引っ掛かるっちゃ引っ掛かるんですけどね……。あ、ちなみに、誠人っていうのは、私の名前のことなんですけどね……。誠実な人って書いて、『まこと』って呼びます」

「ああ、そうなんですね……」

 話の内容もさることながら、相手に対する興味もなかったので、てきそうにそう相づちを打ち、その場をやり過ごした。しかし、それが相手に伝わらなかったらしく、そのあとも、彼が他愛もない世間話を続けようとする。

「あなたは?」

 急に尋ねられ、きょとんとなる。

「へ?」

 意味も分からず、そう返事をすると、

「いや、名前ですよ。名前……」

 と、彼がグイグイとこちらのことを詮索してくる。

 答えないわけにもいかず、

「あ、翠です……。羽の下に、卒業の卒って書いて、『みどり』です……」

 とりあえず、そう説明した。

「へぇ〜、『みどり』さんか〜。イイ名前ですね……。紫幹翠葉とかの〝翠〟ですよね?」

「え? しかん? すいよう?」

 自分の名前ながら聞き覚えのないワードに、こちらが困惑していると、「ああ、えっと……、あまり一般的な表現じゃないのかもしれないですけど、山々や樹木などの様子が、みずみずしい青々しているって意味の四文字熟語で……。まあ、とにかく〝キレイ〟って意味ですよ!」と、さらに説明を加えてくる。

「ああ、そうなんですね……」

 苦笑いしながら、そう返事をし、てきとうに話を合わせた。

 あまりに興味なさそうにしていたものだから、てっきり解放してくれるのかと思いきや、そのあともしつこくデートの誘いを受けていたのだが、そもそも結婚するつもりがなく参加していたこともあり、最初は低調にお誘いをお断りしていたのだが、途中からだんだんと断るのも面倒になってきて、一回くらいならいいかと、なし崩し的に彼からのデートの誘いを受けた結果、彼からの猛アプローチを受けることになり、あれよあれよという間に話が進んでしまい、気づいたときにはゴールインすることになってしまった。正直、自分のどこが良かったのか判らなかったが、自分の取っていた塩対応が彼からしてみると、逆にツボだったらしく、興味もない相手と結婚することになってしまった。ただ、その婚活パーティーに誘った当の本人はというと、本人が望むか望まないかはべつとして、皮肉にも現在も独身を貫いており、自分より先に結婚していった友人の不幸を聞きつける度に、

「ほらね! 結局、結婚なんて、人生の墓場なのよ!」と、鬼の首をとったように息巻いていた。それがただの負け惜しみなのか、それとも純粋な本心なのかは、本人にしか判らないことではあるが。

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