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『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 30

 この業界では、どういうわけか、黒髪美少女というある種のブランドが重宝されており、客ウケもイイ。そんなわたしも、美少女かどうかはさておき、黒髪なわけだが、わたしの場合、客の気を引きたいからとかそんな理由ではなく、ただ面倒なだけなのだが、その恩恵を受けている一人であるということは、ぶっちゃけ認めざるをえない。ただ、悲しいことに、気持ち悪い客にも好かれるのも、清純派を売りにしている副作用であり、避けようのない事実なのである。

 話は変わるが、大抵の場合、どこのデリヘルの事務所や待機所の一角にも、お客さんから貰った贈り物を、一時的に保管しておくための、物置のようになっている場所があり、貰い手のないプレゼントたちの墓場のようになっている。かく言うウチの店も例外ではなく、物置化している部屋があり、そこには歴代の客から女の子へ贈られた、数々の珍プレゼントたちが眠っている。

 そのなかでも、ひときわ異彩を放っている贈り物が、木彫りの彫刻なのだが、何をモチーフにしているのか、よく小学校の校庭の脇に、地味に置かれていたトーテムポールのようなものがあり、引きとり手のないまま、何年も放置されている(捨てるに捨てられないため……)。

 たしかに木彫りの彫刻をもらっても迷惑なだけで、あげている本人は良かれと思って贈っているのだろうが、それを貰って喜ぶ女の子などいない。

「あ〜、今日お茶引きそぉ〜!」

 気合いを入れて、お昼から出勤してるというのに、まだ一人も客がついてないねねちゃんが、そう言って思わず愚痴をこぼす。

「ねねちゃんなら、きっと大丈夫だよ!」

 慰めるために、そう声をかけたつもりだったのだが、どうやら逆効果だったらしく、

「え〜! だって、もうあと一時間で受付終了なんですよ! 絶対今日ボウズですよぉ〜!」

 と、一段とナーバスになる。

 という慰めているわたしも、本日まだ予約が一件も入っていないのだが。実際泣きたいのは、わたしも同じである。

 世間的にはアベノミクスの影響で、ある程度景気は回復しているとは言え、実態経済が潤ってなければ、デリの業界で、その実感を感じられるわけがない。

 今日は全体的に店自体がヒマらしく、待機の番人と化している女の子が多数おり、ねねちゃんと同様、昼間から出勤している響子さんも、客が一人もついていないらしく、待機所の仮眠室で本気の寝モードに突入してしまっており、わたしが出勤してからというもの、一度も姿を見せていない。

 完全に歩合制のこの業界では、基本的に客がつかない限り、女の子にお給料が発生することはない。ごく少数ではあるが、一部のお店では、出勤に対する最低保証を支払われる、お店もあるにはあるようなのだが、ほとんどのお店が、完全歩合制を採用しており、たとえ一日出勤していたとしても、客が一人もつかなければ、女の子に支払われるお給料は、残酷なようだが0(ゼロ)ということになる。いや、交通費やその日の飲食代も含めると、寧ろマイナスになることだってある。

 巷では高収入と謳われている職業にも関わらず、その実態は客がとれなければ、日雇い派遣や無職の状態となんら変わらない。人気商売である以上、本当に稼げているのは、一部の女の子だけなのだ。

 ド天然娘ひらりちゃんが戻ってきたのは、一日の出勤が無駄に終わろうとしているねねちゃんが、悲しみに暮れ、独り紅涙を絞っている最中だった。

 お葬式のような空気が漂い始めた待機所に、客から餌付けされたらしいひらりちゃんが、

「ちょっとみんな〜! これ見てよぉ〜! こんなん一人で食べきれるわけないやんかね〜! ただでさえ体型気にしてんのに太っちゃう〜? みんなも一緒に食べよ〜よぉ!」

 と、両手に大量のボンサンクのケーキを持って現れた。

 その瞬間、待機所の空気が凍りつく。

 刺すような視線が、一斉にひらりちゃんに注がれ、一瞬、何が起きているのか解らなかったようで、「へ?」という顔でひらりちゃんが固まる。

 場の空気が凍りついている意味が、理解できないらしく、「え? 何……?」と、彼女が突っ立ったまま目を泳がせる。

「ひらりちゃん……、ケーキ! ケーキ!」

 わたしが小声で訴えかけるも、その意味が通じないようで、「ケーキ? ……。」と、彼女が一層きょとんとなる。

「今はダメ! ケーキ! 早く閉まって!」

 わたしが必死に救いの手を差し伸べると、やっとその意味を理解したらしい彼女が、「あーー!」と、悪意のない笑顔で大きく頷き、冷蔵庫のあるキッチンへと、コソコソと腰を屈めて消えていく。

 ウチの店のド天然娘ひらりちゃんは、ド天然娘だけでなく、極度のKY娘でもあるらしい。


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