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『嗣永伝 NO.10』 嗣永の自己紹介というか、活字に苦手意識を持っている人間が、自身で小説を書くようになった経緯を語っていく。


それからしばらくが経ち、その件に関して改めてYさんから連絡があったのは、最初の電話をしてから4ヶ月ほど経った11月中旬のことだった。

「あ、あのさー、実は来年の2月くらいで今の会社を辞めようと思ってるんだけど、例の引き抜きの件って、まだ話生きてる?」

「あー、もちろんですよ!!!」

「じゃあ、一度、そっちの会社に行って、詳しい話を聞かせてもらいたいんだけど、妻からも早く今の会社辞めろって詰められててさ……」

「いったい、何があったんですか?」

「あー、実はさ〜、話せば長いんだけど……」

どうやら、ぼくの元所属していた会社では、社長が会社の資金を横領していたらしく、その影響で従業員に対して、大幅な給料の減額や、給料の未払いが一年くらい前から続いていたようなのだ。

ただ、元々責任感の強かった彼は、そんな中でも部下を見捨てて辞めることができず、その会社でズルズルと仕事をしていたようなのだが、さすがに給料の未払いが発生して、貯金を切り崩して生活をしていただけに、奥さんからもチクチク言われていたようで、それもあってぼくから引き抜きの話をもらったときは、地獄に一筋の蜘蛛の糸が垂れてきたようだったとのことだ。ただ、前述の通り彼は責任感が強かったこともあり、すぐにその〝蜘蛛の糸〟に飛びつくことができず、ここまで話を保留にしていたとのことだった。

ぼくとしては小説の執筆活動を継続するために、身代わりがほしかっただけなのだが……。

とはいえ、お互いにWin-Winな関係で、この引き抜きの話を進めることができるようになり、今まで〝絵に描いた餅状態〟だった話が、一気に現実を帯びてきたわけだ。

さっそく、社長に連絡をとり、引き抜きに際しての、顔合わせの日程や金額面と契約面の話を、税理士などを交えて詰めていくことになる。少なくとも現職の給料よりは、年収をアップさせてあげないと、この話も彼にとっても旨味はない。

ぼくは社長や税理士も巻き込み、彼がいかに有能で人格者であるかを説明し、自分に有利になるように話を進めていく。ぼくの意見はすんなり聞き入れられ、給与面は現職の4割アップ(推定)まで引き上げることができた。(この時点で、ぼくよりも5万アップの給料である)

あとは、実際に面談を済ませ、彼の人当たりの良さや清潔感のある見た目などを、見てもらえば話はスムーズに運ぶはずだ。

面談当日、彼にはもちろんスーツ姿で来てもらった。ひさびさに見るが、イケメンである……。これなら間違いなく採用だろう。

会社の応接間に彼を招き入れ、社長たちの到着を待っていると、さすがに今後の会社の顔となって動いてもらう人を決める面談だけに、ふだんほとんど会社に顔を出さない会長まで姿を見せていた。

そして開口一番、

「おーーーー、君かね。Yくんというのは!!! 噂は兼々、嗣永くんから聞いているよ!!!」

会長もご満悦である。

(ちなみに、ぼくの面談のときは、会長は仏頂面で、終始不機嫌だった……。その点、爽やかイケメンは、なにかにつけて得である……)

ちなみに余談だが、彼の顔は〝元サッカー日本代表の内田篤人選手〟に似ている。

ぼくも彼みたいな、爽やかイケメンに生まれてきたかった……。

そして、Yさんの引き抜きの話はトントン拍子で進み、ぼくの狙い通り契約はあっさり決まった。

ただ、そのあとも現職との職場の兼ね合いで、入社時期が1、2ヶ月延びるなど、それなりに紆余曲折ありはしたのだが、結果的には元上司のYさんを、当初予定していたとおり、会社に招き入れることができ、数ヶ月間の引継を経て、多少引き継ぎきれていない部分もありはしたが、ぼくは晴れて会社員という、奴隷地獄から足を洗うことができた。

まあ、辞めるときは従業員たちから、引き留められたりはしたが、ぼくはもともと昇進の面談の際に、2年間だけ、それまでに結果を出せなければ、責任をとって責任者の役職を降ります。と社長にも会長にも話していたので、公約も期間も果たしたわけだし、これ以上、続けていく気はなかった。というより、2年間、血反吐を吐く勢いで、一人で組織を引っ張ってきたのもあったので、この時点で精神的にも肉体的にも限界だった。

それに、役職を二人も抱えていたら、会社の人件費を圧迫するだけなので、まあ責任を二分割したほうが、個々にかかる負担はすくないので、雇われている身としては、そのほうが理想的な気もするが、貰っている給料がそれなりに、弁護士レベルで高かったので、責任と対価の等価交換と思えば、妥当な金額だったのかもしれない。

ぼくとしては、崩壊しかけていた組織を一度解体し、会社の基礎を再構築するという最低限の責務は果たしたので、そのあと彼らが(社長やYさんたちが)ぼくの作り直した組織の基盤を、今後、維持していけるかどうかは、彼ら次第だと思っている。

ということで、ぼくは会社を辞めることになり、まずはフリーランスとして一歩踏み出したわけだ。

とはいえ、なんの見通しも立ってはいないわけなのだが……。



次回へ続く……





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