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『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 41

 仮病に信憑性を持たせるため、数日多くズル休みをさせてもらった。もちろん体調は問題ないし、遊びに行くことだってできたけど、初めてズル休みをした罪悪感から、外に遊びに行くほどの気持ちにはなれなかった。

 店長にはただの風邪だと嘘をついおいたけれど、勘のいい店長なら、とっくにこれくらいの嘘なら見抜いてて、もしかすると、言わないでおいてくれてるだけなのかもしれない。

「ところで大丈夫なの? 風邪は?」

「あ……、ぁ。はい……」

 ぎこちなくわたしが、そう答える。

「なんか、まだ具合悪そうね……。ほんとに大丈夫なの?」

 心配しているのか、ただ疑っているだけなのか、不審そうに訊いてくる。

「あ、まあ。お陰様で、ひとまず熱は引きました……。ご迷惑おかけしました……」

 と、頭を下げると、「まあ、いいならいいんだけど……。てか、それより……」と、素っ気なく話題を変える。

「先週言ってあったと思うけど、プロフ写真の更新の件、アレ。あんたの撮影の日程決まったわよ」

「え? い、いつですか?」

 もともとあまり自分のプロフ画像が気に入ってなかったこともあり、思わず身を乗り出して尋ねると、「ちょ、ちょっと近いわよ!」と、店長が文句を言う。

「今週の土曜のお昼からで、前の写真があまりパッとしなかったから、今回はちょっと奮発して、うちのスタッフじゃなくて、ちゃんとしたプロのカメラマン呼ぶわよ! しかも、他の女の子も何人か一緒に撮影するから、スタジオもここじゃなくて、ちゃんとしたとこ借りるわよ!」

「え? ま、マジですか?」

「マジよ。大マジ」

「なんか、ちょっと今から緊張してきますね!」

「なんで、今から緊張してんのよ?」

「いや、なんていうか、その、プロのカメラマンさんに撮ってもらったことないですし、なんか、こう、今からソワソワしてくるというか、ドキドキしてくるというか……」

「どういう状態よwww」

 わたしの説明が伝わりづらかったようで、店長がそんなわたしを面白がり揶揄してくる。

「まあいいわ。それより、あんた大丈夫なんでしょうね?」

「え? な、なにがですか?」

 意味が判らず訊き返すと、「体型よ! 体型!」と、わたしのお腹を指で差す。

「えッ……?」

 痛いとこを突かれキョドるわたしに、「『えッ……?』じゃないわよ。『えッ……?』じゃ……」と店長がさらに追い打ちをかけてくる。

「あんたねぇ〜。風邪で休んでるあいだに、ちょっと気が緩んだか知らないけど、少し丸くなったでしょ? 風邪で寝込んでたから、栄養付けなきゃいけないのは分かるけど、うちは養豚場じゃないんだから、太っても競りには出せないわよ! 言わなくても分かってると思うけど、今のうちから、ちゃんと甘いものとか控えときなさいよ!」

 そう釘を刺され、思わず、「わ、分かってますよ!」と反論する。

「ま、分かってるならいいんだけど……」

 たしかにこの数日で、まともに外に出られないストレスから、お菓子を食べ過ぎたのは図星だが、それでも家のなかでストレッチをしたり、ヨガのポーズを決めたりと、体型には気を配っていたつもりだった。ただ、それだけではやはり外で運動するほどの効果は出ないらしく、正直、一キロ増えたのは増えたが、さすがに何百人も女の子のからだを見てきているだけあって、やはり店長の目は誤魔化せないようだ。数日会ってないだけなのに、一瞬で、わたしの不摂生も見抜くとは。恐るべしオネエの観察眼……。

 嫌味ったらしく店長から指摘され、こちらが膨れていると、少し言い過ぎたとでも思ったのか、「まあ、とにかく、今回の写真の出来次第で、新規の客が取れるかどうかが決まってくるんだから、頑張りなさい!」と、珍しく店長が、肩を叩いて励ましてくる。

 ただ、どこか棘のある励まし方をされるせいで、なにかが腑に落ちない。

 都合が悪くなったのか、「まあ、それはそうと、あんた、今日、予約入ってるわよ」と、店長がそれとなく話題をすり替えてくる。

「え? 誰ですか?」

 久しぶりの客に、食いつくわたしを、「さぁ〜」と一言であしらいつつ、

「あんたには珍しく、ご新規さんみたいよ」

 と他人事のようにつけ加える。

 ボーッとしていると、

「ほら、何ボーッと、突っ立ってんのよ! ほら! 行った行った! 一件目の客がお待ちかねよ!」

 と、邪険に手で払い、わたしを送り出す。

 店長に背中を押され、「じゃあ、頑張んなさい!」と見送られる。

 外廊下から下を見下ろすと、すでに一階のエントランスには送迎車が到着しており、わたしが降りてくるのを待っていた。

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