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『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 31

 最近、めっきり予約が入りにくくなったこともあり、ほとんど店長の思いつきで、「来週、プロフ画像の更新しようと思うから、なんかてきとうに撮影用の衣装用意しといてね?」と、仕事終わりに、急遽、プロフ画像を撮影することに決まり、とつぜんに言われたものだから、もちろん何も用意しているわけもなく、その翌日、出勤までの時間を利用して、撮影用の服を買いに行くことにした。

 天神へ出かけるのは、美容室に行った以来だったが、あまり人混みというものが苦手なせいか、自然と人の多い天神などは早足になってしまう。

 一通り天神コアのevelyn(エブリン)でお目当の買い物を済ませ、小腹が空いたので新天町のマックでお茶でもしようと、天神コア前の横断歩道を、ソラリアステージのほうに向かって歩いていると、ちょうど渡り切るか渡り切らないかのあたりで、赤信号で停車していた車からクラクションを鳴らされた。

 驚いて振り返ると、そこには白のプリウスが停まっており、運転席の窓の内側から見覚えのある男性が、こちらに向かって手をふっていた。フロントガラスの反射のせいで、ハッキリと顔は判らなかったが、あれは紛れもなくマサキさんだ。

「マ、マサキさん……?」

 その場に立ち止まり、呆気にとられていると、わたしがとつぜん立ち止まったせいで、後続から来ていた通行人が、軽い渋滞を起こしてしまう。こちらがモタモタしていると、痺れを切らせた数人の通行人が、「チッ」と、軽い舌打ちをしながら、わたしを追い抜かしていく。

 車の中から手招きをされるのが見え、胸を弾ませながら駆け寄ると、近寄るわたしを見て、マサキさんが運転席側の窓をゆっくりと開ける。

「マ、マサキさんじゃないですか!」

 あまりに嬉しすぎて、プチパニックを起こしかけてながら、そう声をかけると、

「ま、まさかこんなところで、ななこさんに逢えるとは……。てか、髪、切ったんだ。雰囲気が違ったから、まさかとは思ったけど……」

「へ、ヘンですか?」

「いや、すごく似合ってるよ」

 お世辞でも嬉しくて、自然と笑顔が溢れる。

「あ、ありがとうございます」

「ところで、ななこさんは? な、何してるの?」

 と、向こうも動揺を隠し切れないのか、若干、声を浮つかせながら、デリで呼ぶときとは違う表情で、わたしを迎え入れる。

「あ、いや、買い物です。今度、プロフ画像の撮影があって、その……」

 そう言って、さっき買ったばかりのevelynの手提げ袋を、胸元まで持ち上げて見せる。

「へぇー、何を買ったの?」

「あ……、ワ、ワンピースです」

「へー、そうなんだ」

「マサキさんは?」

「あ、俺? おれは外回り中。つっても、あと一件、得意先に書類を届けるだけなんだけどね……」

 そこまでマサキさんが言い終えたところで、ちょうど福岡の横断歩道特有の『通りゃんせ』のメロディーが止み、歩行者側の信号が点滅し始める。

「あ、もう、渡らないと……」

「あ、ちょ、ちょっと待って!」

「え?」

「あ、あの、もし良かったら、このあと時間ないかな?」

「へ?」

 とつぜんの申し出に、思わず声が裏返る。

「いや、今日は、このあと会社に戻る用事もとくにないし、もし、ななこさんがいいならだけど、ちょっと付き合って欲しいんだけど……」

「え、えっと……、ちょっと店長に確認してみないと……」

「あ、ごめん。このあと出勤だったりする?」

「えー、あ、まぁ……。予約さえ入ってなければ、体調が悪いって言って、休めないこともないですけど……」

 そうこうしているうちに、歩行者信号が完全に赤になり、車道にわたしだけがとり残される。

「あ、もう……、ちょっ、とにかく乗って!」

 そうマサキさんに促されるまま、彼の乗る車の助手席に飛び乗った。

 まだ新車なのだろうか、助手席に乗ると、新しいシートの匂いがしており、その瞬間、初めて私生活のマサキさんに触れた気がした。


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