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『翠』 17

 ホームセンターで買ってきたL字の金具を自作の本棚にとりつけ、部屋中に散らばっていた雑誌や文庫本、DVDなどを棚に戻しているとき、昼間に会ったばかりの慶太から電話があった。慶太とは高校のころからの付き合いで、地元が同じということもあり、たまにこうして連絡があるのだが、その度にお互いの近況を報告し合っている。ちなみに慶太とは同じ大学の経済学部を卒業しており、元から興味のあったというアパレル業界に、彼は先輩のツテを頼って就職している。今日の昼間もひさびさに連絡があった。

「たまには飯でも行こうぜ!」

 そう誘いを受け、とくに自分も用事もなかったので、彼の自宅のある幕張付近のバーミヤンまで足を伸ばした。本棚の整理をする片手間に肩口で電話に出ると、「今日の昼間に話した件だけど、来月の予定って、どう? 空けられそ?」と、予定を確認する催促の連絡だった。

「あー、高校のときのサッカー部の集まりだろ? 仕事の休みが取れれば出席できないわけでもないけど、基本、うちの職場ってシフト制だからな〜。さすがに土日の休みは厳しいと思うぞ……」

 高校時代に慶太とは同じサッカー部に所属していた。その当時、同じクラスになったことはなかったが、お互い妙に馬が合ったこともあり、部活以外の時間は、よく授業の合間や昼休みなどに一緒に過ごすことが多かった。そこまで趣味が合うわけでもないし、共通の友だちが居たわけでもなかったが、どういうわけか、こうして今でも慶太とは、年に数回くらいの頻度で連絡を取り合っており、とくに同じ大学を志望していたわけでもなかったが、何の腐れ縁か同じ大学にも進学することになった。

「つーかお前も百貨店勤務だったら、俺と一緒でシフト制だろ? 平日の休みならまだしも、土日の休みとか取れんのかよ?」

「まあ、そうなんだけどさ〜。たださ〜、今回ばかりは吉住先生も呼んで、サッカー部のOBで集まろうって話じゃん。さすがに参加しないってのもさぁ〜。俺らも先生にはお世話になったわけだし……」

「そうか〜? てゆうか先生って、マジで辞めんの? そんな歳でもなくね?」

「いや、それが違うんだって」

「違うってなにが違うんだよ。辞めるのは一緒だろ?」

「まあ、一緒は一緒なんだけど、先生にも色々事情があるんだよ」

「事情?」

「ああ……、どうもさぁ〜、先生の両親も結構な高齢らしくて、なんか介護が必要になってきたらしいんだよ……」

「で?」

「いや、まあ、それもあって実家のある九州に戻んなきゃいけなくなちゃったみたいで、その前に俺らで送迎会も兼ねて、みんなで集まろうって話になったんだよ……」

「まあ話は分からんでもないけどさ〜、だからって、なにも土日にやることなくない? もっと平日の昼間とか……」

「いや、ほら、周りの連中も、ほとんど一般企業に就職してったやつばっかりだからさ〜、

俺らみたく就活が面倒で、先輩の紹介とかバイト先のツテで、そのまま就職してった怠け者とは違うのよ」

「何それ、ディスってんの? それともただの自虐?」

「どっちでもねーよ。まあ、それはそうと、俺らも先生には随分お世話になったわけだし、みんなで話し合った結果、ここは一つ長年勤めた先生を労う意味でも、みんなで集まって送別会も兼ねて見送ってやろうって話だよ」

「まあ、言わんとすることは分からんでもないけど……、つーか、そもそもこの話誰が言い出したわけ?」

「あー、ほら、ハルクだよ」

「え? ハルクって、あの馬面の黒崎?」

「それ以外、誰が居るんだよ」

「面倒臭っ……」

「まあ、一度言い出したら、あいつも聞かないからな……」

「つーか、そもそも、なんでOB会とか、今でもやってるわけ? 過去の栄光にすがりすぎでしょ?」

「まあ、たしかにあのときの世代って、ある意味〝奇跡の世代〟的なとこあったからな〜。正直、高校サッカーの予選に参加しただけでも、うちの高校じゃミラクルみたいなところあったけど、その弱小高が本戦のトーナメントに滑り込めたんだから、たとえクジ運だけで登り詰めたとしても、マジで神がかってたからな〜。まあ結果は一回戦敗退だったんだけど……。まあ、それでも、うちの高校であそこまで行けたのは、ほんと奇跡としか言いようがないよ。こりゃ過去の栄光にもすがりたくもなるでしょ?」

「何? お前もその口なわけ?」

「んなわけあるか! おれはそこまで過去に浸ってねーよ! つーか、おれらはほとんどベンチ温めてた口だろが!」

「マジ被害者だわ……」

「まあ、その被害者同士、諦めて参加しようや……」

「まあ、とりあえず希望休は出してみるけど……」

「たのんだぞ。誰か一人でも参加しないとかなったら、また面倒臭いことになるから、しかもあの吉住が引退するってときに、万が一にでも欠席とかなったら、あの馬面、マジで向こう一〇年は、その話をネタに〝嫌なほうの意味の語り草〟として、OB会で話を擦りかねないからさ〜……」

「なんで俺まで巻き込まれてんだよ。完全に貰い事故でしょ? これ?」

「まあ、そういうなって、そのうちメンバーが結婚とかしてったら、嫌でもOB会なんて悪しき風習も、嫌でも廃れていくって……」

「根絶やしにしてやる……」

「じゃあ、よろしくな」

「はいはい……」

 慶太との電話を切り、何気なく時計に目をやると、ちょうど夜の九時を回ったところで、LINEのアイコンに通知が一件だけ届いていた。もしかしたら麻倉さんからLINEではないかと思い、慌ててLINEのトーク画面を開くと、ただの新作スタンプの通知で、すぐに開いたアプリを閉じ、そのままホーム画面に戻した。べつにがっかりはしていない。寧ろ当然のことだし、そんな女性とLINEを交換できたくらいで、浮き足立つほど自分もバカではない。ただ、心のどこかで麻倉さんからのLINEを、無意識のうちに期待していたのかもしれない。

 来るわけないと自分に言い聞かせ、

 落胆しそうになる自分を押さえ込み、

 無理やり自分の納得させようとする。

 それと同時に、

 来るんじゃないかと淡い期待を込抱き、

 来てほしいと半信半疑に切望し、

 来たところでどうすると不安定な葛藤を繰り返す。

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