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『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 12

 わたしとサワコが出逢ったのは、休日に出かけたJR博多シティで、待ち合わせをしていた妹がなかなか現れず、暇つぶしのつもりで立ち寄った『P2』で時間を潰しているときに、おもむろに猫コーナーのケージのなかを覗き込んでいると、とつぜん背後から現れた女性店員に、「ちょっと、すみませ〜ん……」と声をかけられ、慌てて振り返った瞬間だった。

 大事そうに女性店員に抱えられた白い子猫に、思わず胸を撃たれ、わたしは気がつくと、「そ、その子ください!」と、値段も訊かずに叫び出していた。

 その場に居た周囲の客が、全員振り返るほどのボリュームで叫んだせいで、まるで茹ダコのように、顔を赤らめながら、わたしはテンパり気味に、「ご、ごめんなさいっ……!」と、その場にしゃがみ込んだ。

 穴があったら入りたいとは、まさにこのことを言うのだろう。

 とつぜんの出来事に、店員の女の子は目を丸くし、今まさにケージに入れようとしていた子猫を抱えたまま、呆然と立ち尽くしていた。両脇を抱えられた、なんともお間抜けな恰好をした宙づりの子猫が、しゃがみ込んだわたしを見下ろしていた。

「あ、あの、その子、売り物ですか?」

 改めて、店員に尋ねると、

「え、ええ、そ、そうですけど……」と、店員の女の子が、怪訝そうな顔をする。

「あ、いや……、わたし、怪しい者ではなくて……」

 完全に不審者扱いになっていることに気づき、慌ててそう付け足すと、

 ハッとした女性店員が、

「わ……、分かってますよぉ〜(笑)」と、艶然と顔を綻ばせる。

 必死に弁解している自分が、急に恥ずかしくなり、赤らめていただけで済んでいた顔から、脂汗まで吹き出してきた。

 女性店員のツボに入ったようで、「あ、ちょ、ちょっと、ま、待ってくださいね……」と、口元を手で押さえながら、今度は女性店員が座り込んでしまった。

 必死に笑いを堪える女性店員を気遣って、

「だ、大丈夫ですか?」と、手を差し伸べると、

「いやいや、ご、ごめんなさい……」と、堪えていた笑いが一層込み上げてきて、今度は立ち上がれなくなる。

 女性店員の腕のなかで、なにが起こっているのか分からず、子猫がきょとんとしたまま、こちらを見上げていた。その表情があまりに愛らしく、わたしは何かを決意するように、一度だけ深く頷くと、「そ、その子ください……」と、座り込んだまま店員に、今度は静かに告げた。

 店員はまだ声が出せないらしく、深く二度ほど頷くと、「どうぞ、あちらへ……」とでも言うように、手でレジを案内する。

 やっと立ち上がった店員の背中に着いていきながら、自分でも高揚しているのが判るくらい、心臓の音が激しく脈を打っているのが、自分の内側からハッキリと伝わってきた。

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