見出し画像

『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 29

 美容室に行った翌日、待機所に向かうと、しばらく休んでいたねねちゃんが、久々に出勤していた。なんでも、学校の試験期間中だったらしく、わたしの姿を見つけるなり、「ななこセンパーイ! やっと試験勉強地獄から解放されましたー!」と、目下、高校認定試験に向けて、勉強中のわたしに向かって、泣きついてきたのである。ただ、泣きつきたいのは、わたしのほうなのだが……。

「へ? てか、えーーー! 先輩、髪切ってるぅーーーー!」

 試験勉強から解放された高揚感からか、わたしの髪型の異変にまで、気が回らなかったようで、それに遅れて気付いた彼女が大袈裟に驚く。

「いやいや、気付くの遅っ……」

「いや、だって、△×◯■☆※〜」

 あまりに驚きすぎたせいか、先走る思考に口が追いついていない。

「いや、なんて言ってるか、分からないって……」

「か、神カワイイですっ! ななこ先輩、ショートヘア! チョー似合ってますよ!」

 執拗に後輩からベタ褒めされるものだから、ふだん能面のような顔つきのわたしも、思わずニヤケ顔になる。

「てか、その〝先輩〟っての止めない?」

 緩みそうになる顔を引き締め、そう抗議すると、

「え? なんでですか? 先輩は先輩じゃないですか……」

 と、生意気にも口答えしてくる。

「まぁ、それはそうなんだけど……」

 早くも言い負かされそうになり、

「なんていうか、ほら、それじゃぁ〜、わたしが、ここのお局か、年増みたいじゃない」

 と、苦し紛れの反論をする。

「えー? そうですか? 私はそんな風に思ったことないですけど……」

 そうやってわたしのことを気遣いつつ、

「じゃあ、なんて呼べばいいですか?」

 と彼女が口を尖らせ、代案を求めてくる。

 とつぜんの要求に、「ななこさん……、とか?」と、こちらが思わずふつうの回答をすると、それを聞いたねねちゃんが、まるで、「つまんなーい」とでも言うように、白けた顔を向けてくる。

「な、なによ……」

 虚勢でも張るように、「じゃあ、ねねちゃんは何がいいと思うわけ?」と、わたしが逆に聞き返すと、「んー……」と、ねねちゃんは少し考え込んだのち、

「じゃあ、『ななてぃー』ってのは、どうですか?」と、あっさりとBプランを提示してくる。

「な、ななてぃーって……」

 こちらが呆気にとられているのも気にせず、

「うん、そうだ。ななてぃーにしましょう! 今日から先輩は、ななてぃー先輩です!」

 と、勝手に自分の提案に納得し、その妙案を押しつけてくる。

「いやいや、それじゃあ、『先輩』の部分は、何も変わってないから!」

「あ、そっか〜」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?